11.閑話休題
「ラヴィニア様、王城庭師の許可を取りましたので、少しお花をいただいていきましょう」
王城のメイドとは違う制服を身に纏ったメイド、アンジェリーナが微笑んで籠を翳す。
年はラヴィニアよりも少し上、お日様みたいな栗毛に濃い青の瞳がいつもニコニコと上品に微笑んでいて、こちらの心を和ませてくれる。
「わざわざ聞いてくれたの? ……悪いわね、あなたにこんなことをさせて……」
王城を追放されたラヴィニアは、今は客室棟に滞在しているとはいえ当然連れてきた使用人はいない。
王城の使用人達も用事がある際に呼べば来てくれるが、厄介者のラヴィニアを進んでお世話したいという者はいなかった。
ラヴィニアが倒れた際にギルはそのことがよほど不便だったらしく、侯爵家からメイドを一人と護衛を二人送り込んできた。ようは、見張りが増えただけだ。
聖女の出立が近づくにつれて魔術師としての教育も佳境に入っているようで、ブライトンから送り込まれた見張りであるところのグラウは、ツバサに付きっ切りだ。
ラヴィニアへの見張りは、ギル側が担当する、ということだろう。
「いいえ! ラヴィニア様の体は勿論心も健康に保つことを、ギル様に命じられておりますのでどうか遠慮なさらず、お任せください」
アンジェリーナはどん、と自分の胸を叩く。
元々令嬢として育ったラヴィニアだ、実際のところメイドが付いてくれるのは有難い。見張りであることを感じさせず、メイドとしてきちんと働いてくれるアンジェリーナには感謝しかなかった。
「……今は侯爵家の使用人の方が、私より身分が高いのよ?」
「ギル様のご命令ですから」
ラヴィニアが戸惑うと、アンジェリーナは微笑んで交わす。
客室棟の庭は、訪れる者がいなかったとしても他の庭同様に美しく整えられている。今は唯一での客である、ラヴィニアとツバサの目を楽しませてくれていた。
「さあ、ラヴィニア様はどんな花がお好きですか? 研究室に飾りましょう」
庭に降りて、鋏と籠と持ったアンジェリーナの後ろを歩く。
朝の空気は心地よく、しかし時間のないラヴィニアは身の内がじりじりと焦げるかのように焦っていた。そんな様子を見て、アンジェリーナが気を遣ってくれだのだ。
「そうね……研究室に活けるなら、花粉が落ちにくくて香りが薄いものがいいかしら。でも可愛らしい色のものの方が、ツバサが見た時にきっと喜ぶわ」
花を眺めて考えるラヴィニアに、アンジェリーナはうふふ、と笑う。
「お母様ですねぇ。娘さんのことばっかり考えていらっしゃる」
「そう? ……そうかしら。私、口では偉そうなことを言っているけれど、ツバサにちゃんとお母さん出来ているかしら」
ラヴィニアの過去を知っているのかどうなのか、王城の他の者と違いアンジェリーナの視線にも口調にも嫌なものを感じない。
アンジェリーナの穏やかな気配に、王城に来てからずっと尖っていたラヴィニアの心がゆっくりと解けていた。
つい弱ったことを言ってしまう。
「ラヴィニア様。母というものは、一人で母に成るものではなありません、御子がいてこそ母も育つものです。……ご息女のツバサ様が成長していくのと同じ歩みで、ラヴィニア様も母として成っていくのですわ」
「……じゃあ、私はまだ母五歳ってことね」
ラヴィニアが肩を竦めると、アンジェリーナは快活に頷いた。
「ええ。五歳ちゃんならば、時折失敗したとて、誰が責められましょう。大事なのは、ラヴィニア様がご息女を深く愛しておられるということだけですわ」
だから大丈夫、と背中を押してもらえたような気分になって、ラヴィニアは自然と微笑んだ。
アンジェリーナがツバサのことを「聖女様」と呼ばず、ラヴィニアの娘と呼んでくれるのも嬉しい。
「ありがとう、アンジェリーナ」
「どういたしまして」
アンジェリーナの笑顔はホッとする。ラヴィニアの体から、ようやく強張りが抜けた。




