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5

そうこうして、彼の左手が完全に扱えるようになる頃、私は彼の顔にまで魔法をかけ始めた。昼休憩になると、ヴァルカン様の頬に手を添えて、魔法を行使する。


「すごいや、イリス。もう左手も、左の頬もみんなと同じ肌色になってるよ!」


「それはよかったです」


水滴が無数についたような肌は、見ていて痛々しいけれど、彼の表情はいつだって太陽のようだ。手に持った手鏡と、自分の頬を見て、たいそう喜んでいる。

その小さな口で歌う言葉はとても純粋で真っ直ぐで。無邪気であり、異様に大人びている。

それは今まで見ていた姿からも、理由に想像がついた。

ヘパイストス家は鍛冶の神の末裔と呼ばれる特殊な魔力を持つ。それは道具作りに長けたものであり、ヴァルカン様は魔力を使いながら、何回りと年上の大人を相手するのだ。それも工房を抱える親方クラスの人達とだから、礼儀には敏感になって作業に励む。

そういう環境だから、彼はいろいろと大人の思考と発言を身に着けたのだろう。

でも、治癒する時間だけは年相応になってくれる。


「この金平糖おいしいね。イリスも食べてよ」


手のひらにコロコロとのせてくれる砂糖菓子。白や緑、ピンク色をした星をくれて、それを口に運べば甘く溶けた。


「美味しいですね」


「イリスの男爵領もこういう美味しいものばかりなの?僕、すごく行ってみたくなったよ」


キラキラしたつぶらな黒い瞳。その目で見られると、とても弱い。


「いつか、案内しますよ。それより今日は、天気がいいので近くの街にでも行ってみませんか」


侯爵邸を下ってすぐに街があるのは知っている。


「街……外に出るのは苦手なんだよね…」


「いつもお仕事で外に出ていらしてませんか?」


「それは工房に行くだけだからさ。こんな見てくれの僕がこんな暑い日に外になんか出たら危ないよ。ローブを脱いでいる僕を見ると、皆逃げるんだ」


暑いといえば、夏に入ったせいか、最近は雨も多かった。せっかく晴れた日なのだからと誘ったは良いけれど、ヴァルカン様にしてみればローブを脱がなくてはならないから厳しいのだろう。けれど、私は首を振った。


「少しは外に出ておきましょう?分厚いローブではなく、薄い布を私が用意しましたので」


シフに頼み、それを持ってこさせた。

目立たないような紺色の布に、端にはヘパイストス家のトンカチの刺繍もしてみている。

小さな彼の頭に頭巾のように長い布を巻き付けると、顔はすぐに隠れた。


「どうですか」


「うん…よく馴染むよ。いつの間に作ってたの?」


「あなた様と外にいつか出たいと思いついた時からでございます。ヴァルカン様の表情が見れないのは悲しいですが、これで共に歩いてくれるというのなら嬉しいです」


本当は、彼の顔を見ながら歩きたい。焼きただれた皮膚は痛いと思ってしまうけれど、私にとって彼のコロコロ変わる表情はとても可愛いのだ。

つぶらな瞳でおねだりされたときなんて、もう断れない。いつも母性がくすぐられて暴発しそうになるのだが。

今回は我慢して、顔を隠した彼と馬車で街に行くことになった。しばらくは雨が続いていたけれど、街は活気に溢れている。


「出店がいくつかありますね。それも、食べ物から、アクセサリーの類までやはり幅が広いです」


「ヘパイストス領は鉱山の町だもん。道具とかアクセサリーはたくさんあるよ」


聞き出せば、彼の口は止まらない。

ミスリルやオリハルコンといった魔石の類から、普通の鉄、銅、金などの採掘の仕方や純度の見分け方まで。あいにく、私の脳みそでは追いつけない。貧乏男爵家ではまともな教育を施してくれるお金はなかったのだ。


「でね、この前に渡したオリハルコンと金を合成した爪切りが………」


「…どうしましたか?」


「えと……僕…夢中になって話しすぎちゃった。ごめんね、つまらないよね…」


しょんぼりするヴァルカン様。そんな姿も可愛らしくって、私は懐から金平糖を出すと、小さな手のひらへと乗せてあげた。


「いいえ、私は楽しくって仕方ありませんよ。あなた様が話す時、とても楽しそうにお話してくださるので」


甘いものを渡してあげると、ヴァルカン様はそのローブの下に運んだ。小さな口でかみくだく音が聞こえてくる。


「手を出していただけませんか」


ヴァルカン様がローブから出した左手を私は繋いだ。


「これであなた様が夢中に話しても迷子にはなりませんよ。行きましょう、私にもっとたくさんお話をしてください」


「っっっ……僕を、こ、子供扱いするな!」


恥ずかしがりながらも、彼はたくさん話してくれた。きっと母親がいれば、彼も自分の好きなものについてたくさんのことを共有していただろう。

そういう役目になれたらいいなと思いながら、ヴァルカン様の話を聞いた。


「そろそろお腹が空きましたね。なにか買いませんか?」


「……たくさん買わないでよ。イリスが食べるとなったら、出店が一つ潰れそうだもん」


「そ、そんなに食べませんよ〜」


「とぼけても無駄だぞ。僕は知ってるんだからな、イリスが大量のケーキもクッキーも、冷蔵庫から取り出して夜に食べてるの」


「げ…バレてましたか…」


この子供をあざむくには、少々私には頭が足りないようだ。夜食にバクバクと食べている私の姿がいつ目撃されたかは知らないけど。


「というか、前に聞いたけどイリスは方向音痴なくせに、よく冷蔵庫にはたどりつけるよね」


「まあそれは、匂いにつられて?ですかね」

 

苦笑いすると、彼は声に出して笑い始めた。


「イリスって本当、おかしな大人だ。僕が今まで出会ったことない」


それは私が特別ということだろうか。だとしたら、とても嬉しい。


「ヴァルカン様、大好きです!」


ギューッと抱きしめると、彼は手で私の顔を押さえつけてきた。

キスしようとしたのがバレたみたい。


「ぼ、僕の傷すら受け入れるのもおかしいと思ってたけど、そういうところもだよね。イリスってなんかしつこい犬みたいで…か、かわ……」


彼は先程のように早口にまくしたてた。けどそれはゴニョゴニョと述べていて、少し聞き取りにくい。

とにかく、ローブの下で完全に腹を立てているのだ。ヴァルカン様が腕を組んで怒っているのに頭を下げていたら、頭上から声がしてきた。


「おやおやおやおや、こんなところに貧乏なご令嬢が一人」


その声に振り返ると、ゲスな笑みを浮かべる腹を出した男の人が立っていた。丸い腹をシャツのボタンが弾けんばかりになんとかおさめている。パツパツの緑色のジャケットを身に着け、彼は自慢の腹を撫でていた。


「オタール様」


頭をかしづき、礼をとるとそのはげ上がった髪をオタールは後ろに撫でつけた。額が頭の油によって空の光に輝く。


「イリス・パナケイア嬢。あなたという人はよくお金を滞納するようで」


オタールというこのふてぶてしい指にきらびやかな指輪を何個もはめる男は、パナケイア男爵家の借金取りだ。正しくはオタール・ソールディ伯爵。何度もお父様がこの人からお金を借りていたことを思い出す。






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