2.私どもにできますのは、あくまで御提案です。
「なるほど……ちなみに、そのナターシャさん、というのは?」
『ええと。わたくしとルーク様の、幼馴染みです』
「ふむふむ。そうですか……」
担当者の質問に、アリシアはよどみなく答えた。
どうやら、彼女自身もナターシャに対して一定の好感を持っている様子。幼馴染みということもあれば、互いに対する信頼感があるのも頷けた。
だが今回の一件について、担当者にはどうも気になる部分があったらしい。
「その後、ナターシャさんとはお話しましたか?」
『い、いえ……それが、どうも避けられているようでして……』
「なるほど。そうなってきますと、少し不可解なように思われますね」
アリシアの答えを聞いて、担当者はさらに続けた。
「まず前提の確認ですが、アリシア様は潔白で間違いないでしょうか」
『も、もちろんです! わたくしは、そのようなこと……!』
「あぁ、申し訳ございません。ご安心ください。私たちはもちろん、ご相談者様の味方ですので」
『…………そう、ですか』
「ですので、その上での対応について御提案いたします」
『提案、ですか……?』
そして、不思議そうな令嬢にこう告げる。
「私と致しましては、アリシア様の周辺環境について探ってみるのが得策と思っております。特に幼馴染みのナターシャ様の最近の動向にかんして、細やかに調べ上げるべきかと」
『ナターシャの、動向……ですか?』
「えぇ、そうです。大変に心苦しいのですが、婚約破棄のトラブルに多いのが『友人や近親者による裏切り』でございますから」
『………………』
担当者の思わぬ言葉に、アリシアは黙り込んでしまった。
これはあくまで可能性や経験則による提案だが、当事者にとっては信じ難い場合が多い。しかし相談室局員としては、ここで引くわけにはいかない。
担当者はあえて強い口調で、こう進言した。
「婚約破棄をされた方のその後として、最悪の場合は処刑という実例もございます。また日数が経過するごとに、証拠などを隠蔽される可能性も増加します。そのためアリシア様には酷かもしれませんが、心を鬼にして事に当たることをおススメ致します」――と。
実例として、婚約破棄された者の末路は悲惨な場合が多かった。
そのため相談者が尻込みするのであれば、背中を押して対応を求めるのが相談員の役割である。だがこれは、あくまで提案ベースであることを忘れてはいけなかった。
最後に決断するのは、あくまで相談者。
担当者からは、これ以上の言葉は投げられなかった。
『そう、ですね……』
しばしの沈黙があって。
緊張感漂う中、相談者の令嬢アリシアは重い口を開く。そして、
『分かりました。ナターシャのことを探ってみます』
どこか、覚悟を決めたように言うのだった。
それを聞いた担当者は安堵し、一つ聞こえないように息をつく。
『ありがとうございます。口にして決断したら、今まで悩んでいたことが少し馬鹿みたいに感じてきました』
「いえいえ。こちらこそ、勇気を持ってご相談いただき感謝いたします」
『いえ、本当にありがとうございます。ではまた、結果をご報告いたしますね』
「はい、お待ちしております。それでは、また」
そこで通話が切れて、担当者は大きく息をつきながら受話器を置いた。
結果はどうなるか分からないが、最低限の後押しはできたはず。
そう考えて、手元にあった飲み物を口にした。
「お疲れさまです、先輩。……また婚約破棄ですか?」
「あぁ、お疲れ。そうだね、最近どうにも増えてるから」
すると、そんな担当者に声をかける後輩が現れる。
彼は苦笑しつつ、自分の席に腰かけた。
そして、間もなく――。
「『追放された』という相談者様から、お電話です! よろしくお願いします!」
「……っと、今度は自分ですか」
その後輩に、相談が回ってきたらしい。
彼は一つ咳払いをしてから、自身の前にある電話を手に取るのだった。
◆
――電話相談から数日後。
王城では第三王子ルークが、父である国王に呼び出されていた。
「そ、そんな……! どうして僕が、王位継承権を剥奪されるのですか!?」
「言うまでもなかろう。お前は周囲を唆し、王国にとって不利益をもたらしたナターシャという女と婚姻を結んでいるのだからな」
「ナ、ナターシャが……!?」
そして、衝撃の事実を告げられる。
国王曰くナターシャは敵国スパイの娘であり、情報を売り渡していたとのことだった。その情報の出処の多くには、当然ルークの口から出たものも含まれている。
では何故、そのようなことが判明したのか。
その裏にはアリシアの活躍があった。
彼女は電話相談を受けた後に、ナターシャの素性や過去の行動を調べ上げたのだ。するとその結果、飛び出してきたのは信じられない事実だったわけで……。
「まったく、この馬鹿息子が。大人しくアリシアと婚姻を結べばよかったものを」
国王はルークに侮蔑の眼差しを向けながら、そう口にする。
そして冷淡に、彼を王城から突き出すのだった。
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