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魔法少女の鎮魂歌  作者: 彼方哉
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第一唱

 かつての魔法少女はこの世のために。力もその身も、その声も。

魔法少女は、魂を導く鎮魂歌(レクイエム)を歌い、その身を人に、天使に、神に捧げた。


  それが、魔法少女の意思に背こうが。


  魔法はこの世の物ではない。神の力のものだ。だから魔法少女自身が力を自分のためだけに使ってはならない。それは魔法少女と神が決めたことであり、掟でもあり、異端児(魔法少女)がこの世界で生き抜くためのすべでもあった。


 しかし、その掟は空しくも古に産まれたある魔法少女によって崩された。

 少女は掟を破り、魔法を自分のために使った。神から与えられた、人間を超越し、願ったものすべてを叶えられる力を自分のために。

 

 少女は愛が欲しかった。深い愛が。人に嫌われるこを恐れ、そして死ぬまで愛されたいと願った。

 憎しみを恐れ、愛に飢え、ついには永遠の命を願った。

 鎮魂歌を歌うことを忘れ、人でも、天使でも、神でもなく、悪魔にその身と魔法を捧げた。




 「これが、歴史の中で唯一悪魔と契約した魔法少女の許されぬ歴史。魔法少女は例え自分が普通の人ではなく、忌嫌われようと自分のために魔法を使ってはならぬ。それが聖書に刻まれた掟である」


 広い教卓後ろで黒板に文字を書きながら、無表情に白髪の老人が読み上げる。


 「クレア先生、今では魔法少女、いえ、正式名神聖童は存在しなかったという意見もありますが」


 大人数の生徒の前で堂々手を伸ばし、黒板前の老人に問いかける。軽く毛先を巻かれたブロンドヘアーが揺れ、真っ青は瞳は不快を露わにしていた。


 「貴方は…ローレルね。実際に魔法少女とみられる写真や、遺体、実際に起こったであろう戦いの跡も確実に残っています。そのような発言は、古代科学科の授業中は控えなさい。いいですね?」


 老人は深いため息を吐き、メガネのブリッジを押し上げながら分厚い本を閉じる。古代科学科の教師であり、ローレルが最も嫌っている教師の一人である。


 「今日も反省文。明日の講義開始前に提出しなさい。今日はこれで終わります」


 老人は呆れたようにローレルに向かって静かに言った。これでローレルが古代科学の授業で反省文を書いた回数が、ついに100回に達した。授業が終わり、各々が教科書などをバッグに入れ、教室から出ていく。小さな声で「またよ。ローレルってなんで毎回突っかかるのかしら」と話し声が、ローレルの耳に入る。ローレルは小さく舌打ちをし、雑に教科書をバッグに入れ、人混みを無理やりかき分け、教室を後にした。


 「あんのくそ教師…!いつまでたっても、魔法だの永遠の命だのほざいてんじゃんないわよ!これ程に文明が進化した世界で、そんなうさんくさい存在しないものを、私の貴重な時間を使ってなんで学ばなきゃならないの!?」


 ローレルは怒りを露にした顔で、ぶつぶつと呟く。ローレルの家系は代々科学の発展を支え、発明や実験等に出資していた。その中で育ったローレルにとって、魔法などという、非科学的なものは自分の家系を否定されてるようで、どうしても気に食わなかったのだ。

 様々なものを生み出し、現代社会に貢献してる両親はローレルの憧れであり、尊敬していた。魔法少女は神から授かった力で、人の魂を救い、人の願いを叶えてきたと言う。そんな、たった一人でなんでも叶えられるような存在は、ローレルが信じているものとは真逆であり、あってはならないものであった。


 「あー、もう!そんなもの存在してたまるもんですか!」


 大声で叫びながら、ズカズカと廊下を歩き、周りの生徒はまたか、という目でローレルを見ていた。お嬢様学校の最高峰と名高い、グリュエル学園には不釣り合いなローレルは他の生徒から嫌われていた。ローレルの家系は立派だが、ローレル自身はお淑やかとは言えない性格であった。

 ヒソヒソとローレルの悪口を言いあう生徒を横目に、人の少ない裏庭の噴水のほうへ向かう。そこはあまり手入れはされてないが、自然や花が多く木陰の為、ローレルはとても気に入っていた。虫が多く、ほかの生徒は寄り付かないが、それがローレルにとっては好都合だった。

 いつも通り、噴水の近くにある古い木のベンチで好きな教科の勉強をしようと、木々の隙間を歩いていくと、そこには一人の少女が横たわっていた。


 「え?なに!?ここの生徒じゃない....なに..?この匂い...」


 よく見ると少女の頭から大量の血が流れだしている。微かに胸が上下しているところ、生きてはいるみたいだが、このままではすぐに死んでしまうことは明瞭だった。


 「どう...したらいいの。保健室?いえ、ここの生徒じゃないから...でもさすがにこの出血量だったら...まって私、落ち着いて」


 慌てながらも、まずは止血をしようと制服のスカーフを解き、少女の頭に巻いた。その瞬間、少女は目を開いた。


  「第195の魔法契約により、生命維持及び負傷箇所復元の魔法を発動します。よってこの身は一時的に天使及び、神の物とされます。第3使途であるこの身体の魂は一時休止します。付近に非魔法族が存在する場合、その者は半径2m範囲内は立ち入りを禁止します。直ちに聖域(サンクチュアリ)から退避しなさい」


 「?..???喋っ......?」


倒れていた少女は赤黒い目を見開き、機械のように淡々と喋る。ローレルは、訳が分からなくなり後ずさった。しかし木々の中だったことが仇となり、ローレルは足を挫き、その場にうずくまる。


 「これより神聖歌第39章節、聖唱致します。今から聖書の力によりこの身は治癒及び環境回復を開始します。生命が安全を保てる領域に達し次第聖歌を終了致します」

 

 目の前で起こっている現象を、ローレルは理解することができなかった。なんだこれは。一体何が起こっているんだ。挫いた足首がドクドクと痛み始める。ここから逃げなければならないと、ローレルの本能が警告する。しかしローレルの足は言うことを聞いてくれなかった。


 「聖体拝領儀(コムニオ)


 目の前の少女の目が一瞬光り、先ほどまでの赤黒い目から鮮やかな紅になった。祈るような体勢になり、少女が歌いだす。すると周りの植物が急激に育ち始め、まだ蕾だった花は開花し、木々には小さな実が実り始める。少女の周り一帯が薄い光のアーチに覆われていった。

 ローレルはその光景を呆然と見つめることしかできなかった。少しずつ光の範囲が広がり、ついにはローレルを包んだ。そのころにはもうローレルは逃げることを忘れていた。


 「聖体拝領儀を終了。治癒及び環境回復を確認。10秒後に魂がこの身に還ります」

 

 光が消え、目の前の少女の傷が治り、周りの自然の成長も止まった。気づけばローレルの足首の痛みは無くなり、少女の瞳も、元の色に戻っていた。


 「....あなたは」


 少女がローレルに向かって問うた。


 「え...あ....」

 

 少女の瞳に見つめられる。恐怖とは違う感覚、そうこれは畏怖。ローレルは何も喋れなかった。わかっていた。気づいていた。ローレルの目の前にいるこの少女は、先刻までローレルにとって一番理解しがたく、不快な存在、そう≪魔法少女≫なのだと。

 


 






  「神と少女は語り合った。 未来について、過去について、 神と少女は語り合った。 愛について、憎しみについて、 神は少女に言った、 未来とは、過去とは、愛とは、憎しみとは。 少女は言った、悲しみとは、憎悪とは、―――――――ーーー」



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