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83.引きこもり魔女は宣言する

「…トリスタン様の……」


 小さく声を洩らせば、暫くの沈黙の後「……何?」と少し掠れた返事が返る。


「トリスタン様の、その行為は、わたしだけに向けてですよね?」

「そう…だね。……でもそれが一番タチが悪い」

「そうですか?」

「そうだよ。歯止めが効かない」


 声はいつものトリスタンに戻ったが、まだわたしの耳元に顔を埋めていて、喋られる度に少しこそばゆい。


「それなら問題ないですよね?」


 告げた言葉にトリスタンの肩がピクリと揺れる。


「だってトリスタン様は別に森に手を出したいわけではないですよね?」


 森に分け入っては色々と採取をしているようだけど、許容範囲だろう。森もシェリーもそれについて何も言ってはいないし、彼にここをどうにかしようという意思はない。

 

 トリスタンの原動も矛先も、あくまでもローズマリーだけに向かうのならば。


「………そう、だね…」

「なら問題ないです。わたしは」

「―――はっ?」


 やっとトリスタンの顔があがる。

 その見えた顔には何とも言えない表情が浮かんでいて。


「トリスタン様がこちらの世界に来るのに問題ないのならばそれでいいです」

「だけどっ」

  

 さっきと立場が逆になったようだ。

 ローズマリーは笑って、今度は自らがトリスタンを抱きしめる。男の体に動揺が走るのを構わずにぎゅっと力を込めた。


「貴方が好きです。だから大丈夫です。側に居てください。

 もしその為にいばらの森が終わるとしたら………、うん、その時はどうすればいいか一緒に考えてください」

「君は………っ」


 ぐるりと、とりあえずは囲めたローズマリーの腕の中でトリスタンが絶句する。

 今までそっちからグイグイ来られてきたのだ。仕返しとは言わないが、吹っ切れたわたしは存外強いことを思い知ればいい。


 再びの、深い深いため息が頭上に落ちる。今度のは完全にわたしのせいだろう。


 フフフと小さく笑って体を離す。見上げた男は――、………珍しい、片手で口元を覆いこちらを睨むような顔は少し赤い。


「……ロージーは、やっぱり魔女だな…」

「そうですよ?」


 当然のことを言われたので、当然のように返す。何を今さらだ。

 そうしたらまたまたのため息がトリスタンの口から零れた。


「いや、わかってた。わかってたけど、急に覚醒されても……」


 と、何やらボソボソと独りごちるトリスタンから離れ向かいの席にすわる。でも両手だけは、すぐに伸ばされた腕に捕まえられた。

 まだ少しだけ赤みの残る不満そうな顔のトリスタンをローズマリーは呆れた目で見る。


「走ってる馬車からはさすがに逃げたりしませんよ」

「わかってる。触れていたいだけだよ」

「はあ…」


 よくわからないが、そうゆうものなのか。


 別にトリスタンに触れられることに嫌悪感はない。胸のうちにこそばゆいような、何とも言えないモゾモゾした感じは起こるのだけど、それも別に嫌ではない。

 だけど同じように大事で大切で大好きなはずの半身(シェリー)には感じないものだ。


「……あのー…ですね」

「ん?」

「わたし…、好きとか言っちゃたんですけど、ホントはよくわからないし知らないんですよね…、そーゆーの」

「………ん?」

「えーっと、あの、……恋愛? みたいな?」

「―――ああ…」


 通常運転に戻ったトリスタンが納得した声をあげ、これまたいつもの笑顔を浮かべる。


「だろうね、知ってる。むしろそうでなかったら―――、………うん、どうしようか?

 君の記憶を無かったことにする魔導具でもつくるか? ……ああ、でもそれでは表面上での解決にしかならないよね。それなら全力をあげて過去に戻る魔導具でも作って、相手を無かったことにする方が」

「いやいやいや、待って!? ちょっと待って! そんな不穏な話でしたっけ!?」

「恋愛についてだよね」

「ですよね!? しかもそれって全部仮定ありきですよね! 仮定!!」

「……だね」


 何で不服そうなんだ? と思えば、「小さいロージーを愛でたかったのに…」との呟き。そこか!

 しかも不穏な語り中もずっと笑顔のままだし。だから笑顔の仕様範囲が広すぎるって。


「まぁ大丈夫だよ、俺に任せて貰えば」


 そしてころっと口調を変えて言うが、いや不安しかない。しかも不満でもある。

 トリスタンがはっきりとそう言える根拠は、つまりはそういうことだから。


 でもそんなことは仕方ないこと。

 トリスタンが言うような過去に戻る魔導具なんてない。終わった過去をどうするかではなくて、これからをどうするかだ。

 それはわたしが犯した罪同様。


 ローズマリーは包まれたままの自分の手を見つめる。


「でもわたしは何もかもを手放しで、幸せを、喜びを、享受することは出来ないんです。 だからトリスタン様には――」

「それこそ知ってるよ」


 遮る声に顔をあげれば、紫の瞳には微かに非難の色。


「ロージーは本当に俺の想いを甘く見過ぎだって。君は君の、俺は俺の、それでもいい。君が俺を受け入れてくれた、それでいいよ」

「同じ想いでなくても?」

「ロージーにはきっと無理だから」

「無理……?」

「うん、重いから」

「想い……?」


 トリスタンがとてもにこやかに笑う。

 その途端、ローズマリーの頭の中で直ぐ様に文字が変換された。

 ああそうか、「重い」か。妙な納得が落ちる。

 その上に更に重ねられた言葉。


「でも、待ってるよ」


 同時に、包まれていた手にぎゅっと力が込められる。 わたしより少し高い体温の、わたしより大きな手。


 無理と言っておきながら、重いと言っておきながら、でも待ってると言う。

 それは結局のとこ、同じ所まで落ちてくれということではないか。


 また質を変えた、今度は艶やかな笑みを浮かべた男をローズマリーは軽く睨む。

 

 厄介な男を好きになってしまったと思う。

 でもきっとあの日あの時、トリスタンがいばらの森を訪れたことが全てのはじまりで。

 その始まりのおかげで今があり、ならばトリスタンを好きになるのは必然なのかも知れないと、心の中で納得を促す自分がいる。

 若干こじつけ感を否めないけど。

 

「大丈夫、待つのは得意だし、時間もたっぷりあるし」


 そう言って笑う男に、不本意ながらローズマリーは答える。


「……お手柔らかにお願いします。


 ―――あ、それと、暫くは森から出ませんからね!」


 付け足した言葉。それに「暫く」と挟んでしまったことに気付いた時は後の祭り。

 それを男が聞き逃すはずもなく。言質を取られ連れ出されるのは、でもまた別の話。




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