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82.告げる想いと言葉の行く先

 二人が乗る馬車は行きと同じ道をゆっくりと、今度は帰る為に辿る。


「…………何で、急に不機嫌なんですか?」


 口元を覆うように頬杖を付き、未だに眉間にシワを寄せたまま視線を窓の外へと向けるトリスタンに、痺れを切らしたローズマリーが尋ねた。

 いい加減話の続きを切り出したいのだけど?


「わたし何かしましたっけ?」


 別に身に覚えはないのだが取りあえず尋ねてみれば、やっとこちらを向いたトリスタンは頬杖を外し口を開く。

 だが開かれた口は、言葉を紡ぐことなく閉じられて、視線を伏せた男は「はあ……」と深く息を零した。


( えぇ…、やっぱりわたしなの…? )

 あまりに深いため息に、身に覚えはないのだけど眉を寄せてしまう。

 え、何時のどの件だろう? と考えるローズマリーに、少しだけ眉尻を下げたトリスタンが視線をあげた。


「………いや、公爵に言われた通り、余裕がないだけだよ」

「余裕……?」

「うんまぁ焦る必要なんてもうないってわかってるんだけど。これからの時間はたっぷりあるのだから」

 

 ただ君に関してはついとね。とトリスタンは苦く笑う。

 わたしのことではないらしい。

 けど、余裕という言葉が何のことかわからないが、わたしに対しての何らかのようだ。

 それならはやっぱりわたしのことじゃない?と思う。うん、ややこしい。

 けれどそれよりも。


 ―――時間、と。


 自分の有限を語っていたトリスタンが、今口にした言葉。


 ローズマリーは気持ちを固める為に、キュッと唇を結んでから改めて目の前の男を見つめる。



「わたしはトリスタン様が好きです」



 唐突に放った言葉に、紫の瞳が大きく開かれる。


 そんなこともう知ってるだろうに、でも驚いた様子なのは言葉に出して言われると思っていなかったからか。

 数度の瞬きを繰り返し徐々に細められた瞳には満ち満ちた喜びの色が見て取れ、今度は甘く熔けるような笑みがトリスタンの顔に滲んでゆく。


「ロージー」


 呼ぶ声も表情と同じ。視覚と聴覚からもたらされる糖度の高すぎる攻撃に何だか急激に恥ずかしくなり。


「――たっ、……たぶん?」

「多分?」

「…………いえ、ホントです…」

 

 耐えられず誤魔化してみたけど、笑顔に不穏の色が滲んだのでその恥ずかしさは押し殺した。

 ちょっと笑顔の振り幅が広すぎないだろうか。


 小さく息を吐いてローズマリーはまた言葉を続ける。

 

「こんなことを先に言ってしまうのは卑怯かも知れませんが、わたしはトリスタン様に側にいて欲しいです。可能な限りずっと――」


 ―――()()()

 それはシェリーにかけた呪いの言葉だ。わたしはまたそれを口にしている。

 だから、トリスタンが何かを言おうとして、それより先に言葉を重ねる。


「でもっ、貴方を縛りたいわけではないです。押し付ける気もありません。……何かを犠牲にする想いはもういらないので」


 声と共に頭も落ちる。見えたのは膝の上で握りしめた自分の拳。

 我ながら矛盾してるなと思う。

 人を止めて側にいてくれと思いながら、人を止める犠牲はいらないと言う。

 だからといって人のままで側にいるのなら、遠くないうちに別れはくる。彼を失う。

 それは嫌だからやはり同じ世界の住人になってくれと思う。もはや矛盾さえ通り越してその先の境地だ。


 きっと出会った時の一番最初の選択が正しかった。トリスタンを遠ざけることが。


 だけどそれはもう出来ない。

 だってわたしは捕まってしまったから。


 握りしめていた手が、それよりも大きな手に包まれて。

 顔をあげればコツンと額と額が一度ぶつかり離れる。とはいっても極近くで絡まる視線の先でトリスタンは緩やかに笑った。


「俺の出す答えなんて知ってるでしょ?」


 そうだ。知ってはいる。

 時間の有限をないものと捉えた彼のさっきの言葉がそうだ。

 そしてトリスタンがそれを選ぶだろうこともわかっていた。


「……知って、ます…」


 トリスタンがわたしの気持ちを知っているように、わたしだって彼の気持ちを知っている。

 だからこそ、それを素直に喜びに出来ないローズマリーに、トリスタンは席を移動し横へと座った。

 手は離され、今度はグッと引き寄せられる。閉じ込められた腕の中。


「いや、ロージーは知ってないし、わかってないと思う」

「ちゃんと理解してますよ。トリスタン様は人の世を捨てるんですよね?」

 

 わたし達と同じ住人になる。それは穏やかな世界から弾かれた存在に。明るい日の下では生きれない存在に。


 初日にわたしを遠ざけた後、公爵との話の中で聞いたのだろう。

 だってトリスタンはあの夜から少しおかしかったから。


「うんまぁ、そうなんだけど……。やっぱりわかってないよね?」


 ため息がわたしの頭上に落ちる。


「……どこがですか?」

「どこがって……、全部? ロージーがさ、多分今考えてるだろうことは俺にとっては些末なことだよ」

「……でも、トリスタン様は公爵様との話の後からおかしかったですよね? ホントは躊躇いとか葛藤があるんじゃないですか? だから―――」

「ああ、そう捉えたのか。

 ……君はアレだね、俺の想いを甘く見過ぎだ」


 わたしの言葉を遮った声は低い。


「躊躇いも葛藤も、君が言うそこにはないよ」


 ぎゅっと回された腕に力がこもる。まるで逃がさないというように。


「………うん、そうだなぁ…、大分前にあの狼に言われた事があるんだ」

「ヴァルに?」

「俺が君を殺すだろうって」

「トリスタン様が……? わたしがではなくて?」

「まぁ要するに、人間が、だね」

「―――ああ…」


 それにはローズマリーも同意する。

 今回グリッセル湖で目の当たりにした。シェリーが話してくれた言葉の意味と共に。

 でもそのことは最初から知ってたはずなのだ。

 だっていばらの森はわたし達が生まれる前は、人の住まう国だったのだから。

 だからそれはまた起こりうるだろうこと。永遠なんてない、終わりは何れ来る。

 人もわたし達もあらゆるもの全て。それは当たり前のこと。

 

 

「俺は自分の想いを押し通す為に君の世界に乗り込み無理やり暴いた。でもそれも、君を手に入れれるのなら仕方ない行為だと思える酷い人間だ。 ……確かにそこに葛藤はあった、けど結局は自分の為にあっさりと捨てれるんだよ」


 

 逃がさない為だと思った抱擁は、見方を変えればすがり付くようでもあり。


「君はそんな俺でも好きだと言ってくれるだろうか?」と、

 耳元に寄せて囁かれたトリスタンの声は微かに震えていた。




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