8.一日の始まりは朝食から
家のすぐ横に生えたマロニエの大木。黄色く変わった葉は随分と隙間が出来て、冬至祭に向かって高さを低くした朝日は、閉め忘れたカーテンとその隙間を狙ってローズマリーの眠る寝台を照らす。
……眩しい、とても。
朝だ、起きろと鳥達の歌声も聞こえる。
布団を頭から被り、抵抗という悪足掻きを試みるが「ううぅ」と唸った後、勢いよく布団から出た。
目に染みる朝日を受けとぼとぼとドレッサーに向かえば、鏡には赤い目をしばしばさせた自分が映る。
うん、明らかに寝不足だ。
だって昨日は色々あった。
ホントに――、……色々あった。
そんな色々なものを放置してとっとと、そして勢いよく家に帰って来たけれど、まぁ問題ないだろう。きっと、……多分。
家に帰ってからもその勢いのままに、採ってきたキノコを食用とそうじゃないものに選り分け。選別した毒キノコ達を、またまたその勢いのままに刻み煮込み濾し、そして蒸留し。気づいた時には真夜中で、テーブルの上には結構な数の毒薬が並んでいた。
どーするつもりなのよ自分?とため息をつき、寝台へと入ったのは今より三時間ほど前だ。
簡単に身支度を終え、ふわぁ。と欠伸をしつつ一階の居間へと降りれば、テーブルの上には昨日の惨状が残る。
まぁ、そりゃそーだ、片付けも放置して寝たのだから。
さすがに毒薬をこのままはまずいと。窓から差し込む光を反射して、キラキラと光る紫色の液体が入った瓶を木箱へと詰めて地下の貯蔵庫へとしまう。
ついでに保存していたチーズを切り分け、じゃがいもを二つ手に取り厨房へ。
薪をくべ火を付けて、ナベに水を張りじゃがいもを放り込む。その間に厨房にある扉からカゴを片手に外へと出て裏庭にある鶏小屋へ向かう。
卵を一つだけ掴み、残りをまた貯蔵庫へとしまって厨房に戻れば、じゃがいもは丁度良く茹で上がっている。それをザルに上げ、粗熱を取ってから皮を剥いてすり潰し、冷めないうちにバターと削ったチーズを入れ混ぜ合わせたらおしまい。そうそう、塩とコショウも忘れずに。
後は切り分けたパンと、卵を焼いて、残ったチーズも並べる。今作ったマッシュポテトも同じく皿に乗せ、ブレックファストティーはダージリン。
完璧だ。
世に言う魔女とは全くらしからぬ料理と、その方法かもしれないが、寝不足だって解消されるほど完璧だ。
フラスコやらビーカー、アルコールランプなどが雑多に並ぶテーブルで朝食を食べ、心もお腹も満足したとこで。
よし!とカゴを手に席を立つ。今日は昨日行けなかった柴栗を採りに行こうと意気揚々と外へと出れば。
「やぁ、おはよう」
と、爽やかな秋空の爽やかな朝に、爽やかな笑顔でトリスタンが言う。
おかげでわたしの心は一瞬で曇りましたけど。
「オハヨウゴザイマス、オハヤイデスネ?」
「そうだね、今日こそはと張り切って来たから」
「ナルホド……」
わたしの無表情と棒読みには触れないスタンスらしい。
けど。ローズマリーは首を捻る。
「……今日こそは?」
そう、今日こそは。
トリスタンは手に持ったそこそこ大き目の革のカバンを目の前に掲げる。
この前に貰った菓子袋以外、男はいつも手ぶらであった。ああ、でもいつもステッキは持っていたな。貴族の嗜みってやつだろうか?
不審顔のままのローズマリーを見てトリスタンは笑い。
「資材調達だよ。昨日言ってたでしょ?」
―――――ああ……。
言っていたね、そんなこと。
とっても忘れたかったことだし、そのせいでわたしは寝不足なんだけどね。
まぁどちらにしても、なんの問題もなかったようだ、男の表情を見れば。
スンッと再び表情を無くしたローズマリーに、トリスタンは「ふふ」と声を漏らして笑って。それほどわたしの表情の変化が面白かったのか、紫の瞳はキラリと涙が滲む。
わたしは全っ然面白くもないけど!
ローズマリーはムッと表情を変え男を睨む。トリスタンはまだ笑っていて、滲む瞳がキラキラと日を反射し、さっきしまい込んだ紫色の液体を思い浮かべる。
不機嫌であったことも忘れ思わず見とれた紫色。
きっと甘く飲みやすく、ひと口でも口にすればおしまいな。
まさに毒薬。
「………………ねぇ、ロージー?
すごく……、難しい顔してるけど?」
どうしたのかと、眉を寄せたトリスタンが覗き込む。
そんな男を見返し、誰のせいだと思っているんだとローズマリーは口をへの字にする。
( っていうか、ナチュラルにロージーって呼んでるし…… )
でもそれをムキになって拒否してもこの男には暖簾に腕押しだろう。なので。
もういいや、あきらめた。
名前なんて、呼び名なんて。
( ホント、……どうでもいい )
……―――ね、そう…でしょ?




