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79.酸いも甘いもまだ程遠い

 何度も重ねられる熱に、わたしが待ったの声をあげるのにはそんなに時間はかからなかった。


「―――ちょ、ちょっ、……ん、ちょっと待って……っ!!」


( いやいやいやいやいや……っ!!

 無理!!ホント無理! ちょっと待って!! 心臓がヤバい……! )


 トリスタンの胸に両手を当て渾身の力で突っ張る。

 ロージー?と、どうしたのか?と不思議そうに問う声。

 どうしたも何も、どうしたしかない。


「ホント……っ、ちょっと、待って!」


 伸ばした腕の間に顔を伏せるローズマリー。その顔は唇に落とされた熱の効果か真っ赤に茹であがり、濡れた体の水分まで蒸発しそうだ。


 当たり前だが、今の()()()()は未経験だ。

 もちろん、行為の意味は知っている。

 これは口づけで、唇にするものは恋人か夫婦か愛し合う者達の――キス。


 トリスタンの向ける眼差しが、呼びかける声の抑揚が、そしてわたしに触れる指先が、全てが。 今のキスもそうだ。妄執だと言い切っても尚、間違いなく疑いようもなく否応なしに伝えてくる、そこには愛があると。


 彼との間にある覆せない隔たりを、でも乗り越える術があるという障害を、いい加減(ほだ)されてしまったわたしではもう抵抗することこそ馬鹿らしく無意味な事かもしれない。

 もう、認めてしまえばいい。

 どうせバレているのだ。わたしも貴方が好きだと、一言伝えるだけ。


 その上できちんと話し合えばいい。

 二人のこの先の、これからを。

 

 

 ―――だけどだ。

 とはいっても、取りあえずは限度ってものがあると思う。なんたってわたしは恋愛経験なぞ皆無なのだから。

 唯一婚約者という立場にいた(マクシミリアン)とはエスコートとして体に触れることはあったがそれだけ。こんな言い方は悪いが、わたしの中には彼への恋だ愛だは一切なかった。

 あの時のわたしにはシェリーだけだったから。


 だからついばむような軽く触れるキスだったとはいえ、わたしにとっては初めてで、いっぱいいっぱいで。

 繰り返されるそれに止める術もなく翻弄されて、ホントに……何というかもー……………。

 

( ……うん! 兎も角アレだ! )

 


 いやアレって何だ? と自分でも思うが、やっとちょっと落ち着いてきたところに再び熱がぶり返しそうになってローズマリーはすっぱりと思考を止めた。

 でも今後はそれについても一度ちゃんと話さないといけないけど!


 わたしが「待って!」と言ったからか、突っ張ったせいで背から腰へとずれた手はそのまま、静かに待つ男をローズマリーは意を決して見上げる。

 その視線の先。それはそれは整った麗しき顔が、ようやっとという これ以上なく嬉しそうな、それでいて酷く艶めいた表情でわたしを見つめていて。

 

( ああ……これは…、 )


 ホントに無理かもしれない、色々と。


 わたしの心の動きをきちんと読み取った男は手加減を止めたようだ。 

 そしてこちらも、そんなトリスタンの心のうちを正確に読み取ってしまって、ローズマリーの眉がへにゃりと下がる。


 捕まった。

 いや、もう随分と前から捕まっていた。


 捕らえたのはイバラで出来た檻ではなく、熱を持って揺らめく男の瞳。

 その紫の瞳が更なる甘さを孕み細められ、思わずまた伏せようとしたわたしの視線を留める声。


「ねぇ、ロージー、俺を見て」


 再び絡まる視線。ローズマリーは一度息を詰め、そして小さく吐く。

 そのため息さえも捕らえられ、混ざり合い、最後は熱に溶けた―――。





 

 だからと言って限度があると思う!(二回目)


 せっかく湖から脱出したというのに、今度はまた違う呼吸困難で息を荒くしたローズマリーは、目の前で満足げに微笑む男を睨む。

 きっと真っ赤な顔だろうわたしと違いトリスタンはどこまでも涼やかで。

 口じゃなく鼻で息をすればいいんだよ? などと言う。


 そういう問題じゃない!

 まだわたしを緩く捕らえる手をパシリと叩くと立ち上がる。触れられているといつまでも顔の火照りが取れそうにないから。



「ところで、ここどこなんですか?」


 気持ちを切り替えるようにそう尋ねれば、離された距離に若干不満顔のトリスタンは「……さぁ」と首を振った。


 色々と……、そう色々と、忙しかったので周りを見る余裕なんてなかったのだけど。

 

( ホント、ここどこ? )


 床がある。空気もある。上を見上げれはゆらゆらと揺らめく月明かり。

 というよりも、見える全てが揺らめいていて、全体的にうっすらと青色に染まっている?

 ………え? もしかして、まだ水の中?



「――ねぇ、そろそろいいかしら?」



 急に聞こえた声にローズマリーの肩がビクリと跳ねる。

 その声の方へと勢いよく振り返れば長い髪の美しい女性がいた。


「こんばんわ。そして初めましてね、可愛い魔女さん」


 昼間の湖面のように澄んだ青い瞳がローズマリーを見ていて、


「……………、セクアナ……?」

 ローズマリーの問いに微笑みをもって同意を示す美女。


 ああ、なるほど。それなら納得だ。ここはまだ水の中、グリッセル湖の中、セクアナのテリトリーにいるわけだ。

 そう、セクアナのテリトリーに……。

 


 ……………………、


 今さっきセクアナはなんと言った?


 ―――そろそろいいからしら? 

 

 そろそろ?



「………え…、もしかして…、ずっと居ました…?」


 少し困ったように首を傾げるセクアナ。

 青みを帯びた長い金の髪が揺れる。


「ここはグリッセル湖だし、私が貴方達をここに誘導したから」


 その答えはズレてるようないないような。でもその意味は。


「なっ………! な、なんで!!?」

 

 こちらも上ずったおかしな返し。でもセクアナにはきちんと通じたようだ。

 いやむしろ、通じなかった方が良かったかもしれない。


「恋人達のせっかくの逢瀬を邪魔するわけにはいかないでしょ?」


 絶句――――――、からの、



「ぃ……いいいいい、いやあぁあーーーーーっ!!!」


 羞恥に悶えたローズマリーの叫び声は、水中を越えて辺りに響き渡り、新たな怪奇伝説となったとかならなかったとか。




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