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77.すみませんが人違いです

 更に奥へと進めば声が聞こえた。


「おい、そろそろ準備しないと!」

「わかってる! だけど女がまだだ」

「そう言えば姿がないがどうしたんだ?」

「教会が手を引いただろう? それで怖じ気づいた。 今回は今日で最後だったっていうのに……」

「おいっ! じゃあ、どうするんだ!」

「代わりを用意すると聞いてる」



( うっ、わぁー……… )


 ローズマリーは心の中で声をあげた。

 暗がりの中で交わされる声は二つ、しかもその内容に心当たりもつく。


「……ねぇシェリー、これ、まずくない?」

『ロージー、取りあえずゆっくりとここから離れて』


 シェリーに言われた通りに慎重に後ずさるローズマリー。

 だが、もはやお約束。

 足元に崩れ転がっていた石にゴツンッと足をぶつけた。


( やばっ! )


 がらんどうの建物内は音がよく響く。当然ながら振り返る男達。


『ロージー!』


 焦ったようなシェリーの声。だけど石につまづいたローズマリーは体勢を崩して咄嗟には逃げられない。

 その間にも男の一人が近づいて来て。


「……女か? お前が代わりか?」

「―――え?」

「時間がないんだ早く来い!」


 腕を捕まれ引っ張られる。


「いやいや、ちょっと待って! 何? どういうこと!?」

「何だ? 聞いてないのか? お前は幽霊役だよ」

「あー………」


 ローズマリーは遠い目をする。

 だよね、そういうことだよね。

 しかも思いっきり間違えられてるよね?


 シェリーが一緒だとは言え、見た感じはわたし一人にしか見えない。

 それも悪かったのか、腕をガリシと捕まれてズルズルと連れて行かれる。

 その先には石畳の突堤と広がる湖が見えた。きっとそれは先ほど外から見えていた舞台だろう。

 建物内よりは明るいとはいえ景色は既に夕暮れ。湖には夕日が落ち、跳ね返る光がローズマリーの顔を照らす。



「お前はあの先に立っていれば――…、」


 説明で振り返った男は、湖に突き出た先を指差し何故か不自然に語尾を止めた。


 そして、見開いた目でローズマリーの顔を見つめ固まる男。

  

「……………………は……」

「は?」

「いや…、………え……?」


 何? 人違いって気づいたの?


 もう一人の男も何やら道具を抱えて出てくると、固まる男を見てからわたしに視線を置き「へぇ!」と声をあげた。


「おいおい、凄い別嬪だな。前の娘よりも全然イケてるじゃないか」

「――え? あ、ああ……、そう…だな」

「何だぁ? お前惚け過ぎだろ。まぁその気持ちもわかるが後にしろよ」


 男はからかうように話し先へと進み、わたしの腕を掴んだまま立ち止まった男はやはり呆然とした様子で。今なら振り払って逃げれるんじゃないかとローズマリーは考える。


 そしてそれはわたしの半身も同じ考えだったらしく、小さな塊が男の顔に飛びかかった。


「―――はっ!? うわっ、何だ!?」


 男は自らの顔を庇い、手が離れる。

 だけどその手は。

 小さな塊、シェリーの体を床へと叩き落とした。


 石畳の上で赤毛のリスの体が跳ねた。

 首に括られていた紐が外れ、コロリと転がった赤い石。


「シェリー!!!」


 床に倒れたその体はピクリともしない。


 術が解けたのだろう。

 そう、解けただけだ。だけども。


 ローズマリーはキッと男を睨む。


「シェリーに何するのよ!!」

「……シェリー? ……ああ、そのリスか」


 横たわるリスの側に寄ろうとしたローズマリーの、その肩を男は今度は掴む。


「離して!」

「時間がないんだ!」

「そんなのわたしの知ったことじゃないし!」

「――おい、何やってんだ? 早くしろよ、もう始まる時間だぞ?」

 先に向かった男が振り返り言う。


「だからそんなのわたしの知ったことじゃっ、」

 

 そちらへ向けてもキツい視線を向けたローズマリーは――、

 でも、男の背後にある景色に言葉を失くした。





「………………赤……?」


 唖然としたローズマリーの顔と零れた言葉に、男達も視線を湖に向けて、そして焦ったように。


「ああ…くそっ、始められたか」

「取りあえずこちらも急ごう。――おい、」


 最後の声はローズマリーに向けてのもの。

 だけどもそのローズマリーは、湖を見つめたまま。

 


 赤く、染まった湖を―――。



 夕日ではない。だってもう日は沈んでいる。薄青い空は既に夜の女神(ノート)の支配下だ。


「………何…、したの……?」


 静かな、静かな問いかけに、少し罰の悪い感じで答える男。


「ちょっとした演出だよ、色水を混ぜただけだ。それよりも早く―――」

「だけって……。 


 …………貴方達は馬鹿なの?」


 ローズマリーの言葉に反応したかのように、ザワリとぬるい風が吹いた。



 赤く染まった湖が波立つ。

 波など、起こるはずのない湖で、起こる波。それは徐々に高くなる。

 ザワザワと、周りの木々が揺れる。



 急激な明らかなる異変に、ローズマリーが放った暴言にも触れることなく、男達は戸惑ったように周囲を見渡す。


「ちょっと様子がおかしくないか……?」

「………あ、ああ……」


 そして波は更に高くなり舞台の縁を越え、とうとう足元をも濡らし始めた。

 



 荒れる周囲に引きずられザワザワと波立つ心に、ふいに飛び込んで来た声がローズマリーの意識を引き戻す。 


『人間ってホント馬鹿!!』


 それは先ほどのローズマリーと同じ意見。 そしてわたしの横に、赤い瞳の同じ顔が並んだ。


「―――っ、シェリー!! 良かった!

 ね、大丈夫!? 何ともない?」

『わたしは何ともないけど……、セクアナは……』

 

 シェリーの言わんとする意味を理解して、また二人赤く汚された湖を眺めた。


 それはシェリーの持つ紅玉のような澄んだ赤ではない。ただの赤い汚れだ。

 汚れは穢れ。荒れる湖は力の源を穢されたセクアナの怒りだ。

 演出だか何だか知らないが、そんなことの為にこのセクアナの湖に色水を流すなんて。



 ひぃっ!と、今度は短く息を飲むような声が聞こえた。


 何だ?と顔を向ければ、戸惑いから怯えに変わった男達の顔。その顔はこちらを凝視している。


( ―――ん? )


「…………お前は……っ」


 これ以上ないくらい目を開き、戦慄く声には恐怖が滲む。


 そんなふうに恐怖を向けられる何かがあっただろうか?と、その視線を追えば。

 男達が見ているのは、僅かに()()()()でわたしの隣に立つシェリーだ。


「ほ、本物かっ……!?」


( ああ……、なるほど、()()ね )


 

 納得するわたしの横でシェリーの顔に意地の悪い笑みが浮ぶ。そして。

 フワリとシェリーが音もなく男達の方へと向かった。

 何が起こるかなんて直ぐに予測はついた。

 思った通り、途端パニックに襲われる男達。シェリーはとっても笑顔で満足そうだ。


 そんな様子を、少し呆れた感じで眺めていたわたし。


 そう、それは一瞬だった。


 パニックになった男達がこちらに向かって来たのは。

 セクアナの怒りが男達を襲ったのは。

 襲った高波に足を取られた男が体勢を崩し、ローズマリーをも巻き込んで波にさらわれたのは。


 偶然で、一瞬だった。



『ロージー!!?』


 目を見張り叫ぶシェリーが、スローモーションのようにこちらに向かってくるのが見えた。

 重なるように。



「ロージー!!」


 聞こえたのは。


 それは心の奥へと、当たり前のように、当然のように、

 すんなりと馴染んでしまった男の、切羽詰まった声だった。




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