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76.選びとるその先の

 でもだ。何でそんな案件に教会が絡んで来たのか?


 ブランは看過できないことがあると言っていたが、セクアナを認めているのならそれでいいだろうし、ただ人間が犯した悪事ならわざわざ教会が出て来る必要はない。

 そう尋ねてみれば、男はちょっと苦い顔をして、そして言いにくそうに。

 でも教えてくれたのはきっとトリスタン様々だろう。



「なるほど、ソルテナ(こちら)の教会が一枚噛んでると?」

「あり体に言えばそうです。教会関係者が言えば真実味が増すということでしょうか…」


 その直接関わった者は既に破門されてはいるんですけど、と。

 若干呆れ気味のトリスタンの問いにブランは苦り切った声で答えた。


 要するに、集客の為。

 この幽霊騒動の信憑性と、それに箔をつけるのに教会の人間が抱き込まれたわけで( もちろんお金が動いた ) そしてそれについては取りあえず破門という形で決着はした。

 ―――が。

 そもそもの、こういう事態を招いた大元の原因を何とかしろと、中央から派遣されたのがブラン達なのだそうだ。


 まぁ、教会としては自分達の威信と沽券を守りたいってことだよね?


『ふん! 結局そーゆーことじゃん!』


 わたしと同じ思いに至っただろうシェリーの憤慨を耳元で聞きながらローズマリーは重ねて尋ねた。


「でもそれって村ぐるみってことなの?」

「んー、それはどうかな?」

 

 答えたのはトリスタン。机の上に肘をつき指を組み合わせて、その上に乗せた麗しき顔で店内をチラリと一瞥した後、再び口を開く。

 

「この店は見た感じそんな面倒くさいことに関わって無さそうだし、関わっているのはきっと一部の人間だけだと思うよ。 他の村人達はその噂に巻き込まれたか乗っかっただけだろうね。

 それにそもそもそういう噂で集客を呼ぶのは別に罪ではない。実際に本物はいたわけだし。……でもまぁ、お金を動かすのはどうかと思うけど」

「それを言われると身も蓋もないです…」


 ブランが項垂れる。彼だって巻き込まれた方だろうに。

 彼の人となりを知った今、坊主憎けりゃとまでは思わないのでローズマリーは少しだけ同情した。




 夏の太陽はまだ空にあり明るく、でも落ちた影の長さで日が随分と傾いていることに気づく。思ったより長居していたようだ。

 店を出ての帰路。ブランが話したセクアナの遺跡というものに興味を引かれたらしいトリスタンの提案で、寄り道がてらのんびりと歩いて帰る。

 昼間とは違い大分和らいだ日差しに、湖畔を散策する人が数多く見え、湖にはボートまで出ている。だけど今いる場所は完全に公爵邸の敷地内だ。


 だから怪訝な顔をしたローズマリーに、


「夏の休暇シーズン中は公爵様が庭の一部を解放してくれてるんですよ」

「へえ」


 そう説明してくれたブランの視線はわたしの肩に止まる。


 肩の上の小さな赤毛のリスに注がれる男の熱い視線。手元がウズウズしている。

 隠れているのが面倒くさくなったのか、シェリーがその姿を見せてからブランの視線は釘付けだ。そりゃそーだ、だって可愛いもん。

 でもそれが鬱陶しかったのかシェリーはトリスタンの背の後ろへと逃げ、どうやら小動物系が好きらしいブランは少し寂しそうな顔をして、トリスタンは少し迷惑そうな顔をした。



「あ、あれですね」


 気を取り直したブランが指差す先。

 昨日わたしが歩いた湖の反対側。こちらは少し入り組んでいて、木々に遮られるように湖面が見える。

 その畔に無造作に積まれたように立つ石造りの建物。一部は崩壊しているようだが、思ったよりも広そうで湖に張り出す舞台のようなものも見えた。

 

 またこちらへと戻ったシェリーと、ローズマリーは崩れた壁から建物内を覗く。

 外とは違って中は少し薄暗い。

 トリスタンは、ブランと外にある円形に並べられた石の祭壇の前で何か話し込んでいるようなので、シェリーと二人先に中へと進んだ。



 中も外観同様全て石組みで、所々崩れてる壁や部屋や通路があるだけ。


「何もないねー」

『そりゃそうだよ、セクアナの遺跡ならばもう大分昔のものだもの』

「やっぱりセクアナのなの?」

『だよ。でも言う通り()()()()()()()()()()()()

「ん?」


 ローズマリーの肩からトンッと、シェリーが窓枠もないただ開けただけの石組みの窓に降りる。その向こうには木々に遮られてはいるが湖に沿うように建つラスター城が小さく見えた。

 シェリーの小さな背がそちらを向いて呟く。


『だってセクアナは公爵と共にいるもの』


 そして思い出す。

 ルイーザ様が言っていた言葉。

 公爵は小さな頃に湖の幽霊に恋をしたのだと。


 いつかの、わたしに告げられたトリスタンの告白と同じ。



 でも現状の話、それは幽霊などではなくセクアナなのだ。


「………二人は……、恋人なの…?」


 尋ねた声は微かに掠れ、くるりと振り向いたシェリーがローズマリーを見上げる。


『さあ? どうだろう』

「でも、公爵様は人間だよ?」

『うんそうだね。でも、だから?』

「――! ……だから、って…」

『例えばもしそうだとして。それは本人達もわかった上でのことだよ。ロージーが気にする必要はないよね?』

 

 それはそうだ。シェリーの言う通りだ。

 わかってる、なのに。


「でも――っ」

『―――あのね、』


 思わず口をついた声を、静かなシェリーの声が遮る。


『……ロージー、本当はね、人間とわたし達と間にはそんな差異はないんだよ。それは一部の神と呼ばれる存在でも』

「何……? なんの、話し?」


 急な話の振りに戸惑うローズマリーを置き去りにシェリーは続ける。


『手段はあるんだよ。伯爵をこちら側に引き込むことは』

 

 手段……? 

 いや、それより。


「伯爵って――、……今は、トリスタン様のことは関係ないじゃん。 わたしが話してるのは公爵様のことだよ」


 すり変わった対象を訂正すれば、シェリーは『そう?』と、しれっとした顔で答えて続けた。


『既に人の世の理から外れたわたし達が人の世界で生きるのは無理があっても、でも逆はいけるんだよ』

「逆?」

『人の方がこちらの世界の住民となるってこと』


 まぁその為には人の世の全てを捨てることになるけど。と、シェリーは小さな腕を組んで。


『公爵は城を売却するんでしょ? しかも回りの人間達の整理もしてるじゃない』


 だからそーゆーことだよ。

 そう言って話を締めたシェリー。


 言うように。

 だから、公爵は今ある全てを捨てるつもりなのだろうか? 

 地位も名誉も? セクアナの為に?

 そんなにあっさりと捨てれるものなのだろうか? 

 だってそこには、それだけでなく今まで培ってきた人としての生も含まれるわけで。


「……………」


 でもそれこそ当人達しかわからない話であり、想いだ。

 そこにローズマリーの出る幕はない。

 無言になったローズマリーに淡々とした声が降る。


『あの男も、きっと迷いなく選ぶと思うよ』


 ローズマリーは俯けていた顔をゆっくりとあげる。


「…………何のことか、わからないよ」

『そう?』


 と、目の前のアカリスシェリーはローズマリーを見つめて器用に肩を竦めた。




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