75.嘘と本当、幽霊と偽物
食事を終え、のんびりと寛ぐ中。木道を歩く人物にローズマリーは気づいた。
夏だと言うのに肌を隠した黒っぽい長衣、ついでに言うと髪も瞳も黒だ。
「うわっ……」
思わず漏れた声に、食後の紅茶を嗜んでいたトリスタンが反応する。
「ロージー?」
そしてローズマリーの視線を追って「…ああ、ブランだね」と。
そう。木道を歩いているのは昨日会った教会の男。 その男はこちらに気づき、急にルートを変更した。
( はっ!? こっちに来るじゃん! )
……まぁでも元々トリスタンに用事があるようだったので当たり前と言えば当たり前なのだけど。
出来ればわたしの居ないとこでの話にして欲しかったと、ローズマリーは心の中で愚痴る。
そうこうしているうちにブランは目の前までたどり着いた。
「お久しぶりです、トリスタン様」
「やぁ、新年ぶりかな」
気負うことなく挨拶を交わす二人。
トリスタンをファーストネームで呼び、それを普通に受け取るくらいには二人は親しいようだ。
そのブランはこちらにも視線を向けて。
「昨日振りですね」
「ソウデスネ…」
ローズマリーは半分遠い目で返す。
そしてシェリーはといえば、咄嗟にわたしの背後に隠れたようだ。
「ああ、そう言えば会ったって言ってたよね。 僕に何か用事が?」
「ええ。ちょっと相談事が――」
昨日とは違い今日は一人の男が、トリスタンにそう話を切り出したので。 これは丁度良いとばかりにローズマリーは席を外そうとして腰を浮かせ、気づいたブランが止める。
「――あ、そのままでどうぞ」
「え? いえ、トリスタン様への相談ならわたしは部外者だし邪魔でしょう?」
「いや別に秘密の話しでもないし、そんな長くも掛からないと思うので。 まあ、昨日は少々疑う感じのことを言いましたけど、今日二人一緒に居られるとこを見れば……。
そうですね、トリスタン様の恋人なら部外者でもないでしょう」
にこりと笑い、昨日より少し砕けた口調でそう断言されて。
( いやいやいや…。 何よ? その全幅的な信頼は…… )
ローズマリーは引きつった笑みを浮かべる。
でも、恋人であることについて昨日の時点で訂正をしなかったのだから今さら何も言えない。
肯定も否定も出来ず微妙な笑顔で黙り込むローズマリーに、向かいのトリスタンは大方の事情を読んだのだろう、苦笑を浮かべて話を纏める。
「ロージー、彼もそう言ってるのだからここに居たらいいよ。それと、ブランも立ち話も何だからこちらに。紅茶でいいかな?」
答えも聞かないままトリスタンがさっさと紅茶を頼むのを見て、ブランは仕方ないとテラス席へと上がり。ローズマリーはトリスタンが居る限りは取りあえずは何とかなるだろうと。
こちらも仕方ないと小さなため息を零し椅子へと戻った。
「ここをもっと強化出来たらいいと思うんですけど」
「ああ、なるほどね。それならば純度を上げれば何とかなるんじゃないかな」
「出来ますか?」
「今度試作品を作ってみよう。まずはブランが試してみてくれ」
ローズマリーをそっちのけに交わされる会話。
『全く…、グリッセル湖とは関係ない話だね』
「だねー…」
移動し耳元で呟くシェリーの声にローズマリーも小さく同意する。
昨日の話の流れからして、グリッセル湖の幽霊さんについての相談事かと思ったのだが、二人が話しているのは多分トリスタンの専門分野、魔導具についてだ。
拍子抜けした感じが否めないまま、デーツの蒸しケーキ、スティッキートフィープディングを頬張る。うん、甘い。ので、さっぱりとしたレモンハーブティを飲みながら爽やかな風が渡る元湖を、頬杖をつき眺めるローズマリー。 疎らながらも散策する人が見受けられた。
平原の中の木道を日傘の花が咲き、風に乗って聞こえてくる軽やかな声たち。
それはあまりにも自然で初めからそうであったかのよう。
「いやー、穏やかで平和だねぇ」
『だねぇ』
「とても神聖なセクアナの泉があったようには見えないねー」
『ねー』と、シェリーの小さな同意の呟きに重なって、横から声が入る。
「――セクアナ? 泉の女神の?」
小さな声で話していたはずだけど、ばっちりと聞かれたらしい。
いつの間にトリスタンとの会話を終えていたのか? それはブランからの問い掛け。
「はっ! えっ……!?」
「ああ、なるほど。じゃあ、あの崩れた遺跡はセクアナの神殿なのか……」
驚くローズマリーを余所に、一人納得したように頷くブラン。
「…………」
『…………ロージーってば、やっぱり迂闊…』
思わず無言になったローズマリーにシェリーが囁く。
ひどい。わたしだけのせいじゃなくない?
「それでいくと――、幽霊話の本物は女神……まぁ精霊ってこと、だな?」
ブランの問い掛けは続く。
「んん!? いや……っ」
「君はそれを知っていた?」
ちらりとこちらを見た黒い瞳は何でそれを昨日の言わなかったと言っている。
これまた今さら誤魔化すのもナンだと、ため息と共にローズマリーは答える。
「今日わたしも知ったんですよ……。っていうか、貴方はそういうの信じるんですか?」
あり得ないですよね? と零した言葉に、男は怪訝そうに首を傾げる。
「何故?」
「何故って? 教会の人ですよね?」
「そうだけど、別に女神や精霊を否定はしないが?
自分は絶対主義者でもないし、大体信仰なんて人それぞれだろう? それに女神への信仰は我々のものより遥かに古い。軽んじるものではないさ。
それにセクアナだろ? それこそ幽霊なんてものよりよっぽど良い」
「ええー……、そんなもの……?」
「ははっ、ブランにとってはそうみたいだよ、ロージー」
教会の人間であるはずのブランの気軽い態度に困惑気味なローズマリー。
トリスタンが笑って、助けかどうかわからない船を出す。
そもそもだ。昨日も思った通り男は幽霊などは信じていなかった。かといって魔女を疑っていたわけでもなく。
先ほど本物という言葉を使ったブラン。彼はそれを騙った偽物を調べていたのだとわたし達に言った。




