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72.夏の夜、月は湖に浮かぶ 

「使用人の数を必要減にしてしまったからね、簡単なものしか用意できないけど」


 そう言われて招待された公爵との夕食は、けど充分に豪華で美味しかった。

 その夕食の席で、教会の人間に会ったことを告げれば「そう言えばそんな話を聞いていたな」と公爵(ウィリアム)笑って言う。


( いやそこ結構重要なんですよ、わたしにとっては…… )


 なんたって魔女なので。

 それは口に出せないけど。




 夕食を終えてトリスタンの部屋。


「トリスタン様はブランと言う人を知ってますか?」

「――ん?」


 向かいのソファーに座る男にローズマリーは尋ねる。


「わたしが今日会った教会の人間です」


 黒髪、黒目の目付きの悪い若い男だと説明すれば「ああ…」と頷いたので知った顔ではあるようだ。


「明日の夕方トリスタン様に会いにくるらしいですよ?」

「………」

「………聞いてます?」

「――え? あ、ごめん、何だろ?」

「ですから―――」


 ローズマリーはもう一度、明日その教会の男が会いに来ることを告げた。

 今度はきちんと聞いていたようで、何の用だろう?と首を捻ねったトリスタン。 だけどしばらくすれば、また違うことに意識を取られるように黙り込んだ。


( 何だろう? さっきから )

 

 夕食の時もそうだったが、トリスタンはどこかうわのそらだ。それはローズマリーが城に戻って来た時にはもうそんな状態だったので、公爵との話で何かあったのだろう。

 

( グリッセル湖のことも話さなきゃいけないのに… )


 その為に部屋を訪ねたのだが、こんな状態ではきっと話しても無駄だ。

 ローズマリーはそんなトリスタンに見切りをつけ、ソファーから立ち上がり湖が見下ろせる窓に向かう。

 窓の外には小さなバルコニーがあり、横の扉から外に出れるようだ。


 外に出れば、少し寒く感じるほど涼しい風が吹く。微かな湿り気を感じるのは、風が湖を渡るからか。

 その湖面には満月にはまだ足りない月がさざ波に揺れて浮かぶ。

 バルコニーの手すりに肘を付き、それを眺めていたローズマリーの背後で扉の開く音がした。


 少し寒いね。と、横に並ぶぬくもり。


「何か羽織るものはいるかい?」


 ローズマリーは首を振り、そして隣を振り仰ぐ。トリスタンの瞳の中に、見上げる自分が映った。


「大丈夫です。それよりやっとこちらに戻って来ましたね」

「―――ん?」

「何でもないです」

 

 と、小さく笑う。

 風がそんなローズマリーの髪を弄ぶ。


「――あ、そうそう。やっぱりこの湖ちょっと普通とは違いますよ。なんて言ったらいいのか……」


 視界を邪魔する髪を手で押さえ湖に視線を戻したローズマリーは、さっきとは違い今なら大丈夫だと、当初の目的である話を切り出す。


「綺麗過ぎるんですよね。水が澄んでいて綺麗とかそういうことでなくて。

 ほらっ、怖いとか危険なとことかって、何となく「嫌だなぁ」って思うじゃないですか。 ここは逆で、綺麗過ぎて「怖い」と言うか……。 前者が――、うん、まぁ、いばらの森ならここは後者で。神聖なんですよねー、何となく」


 そもそも魔女(わたし達)も神を信奉している。だから定期的に祝祭をきちんと行うのだし。むしろ普通の人間達よりわたし達の方が厳格かもしれない、なんたって死活問題なのだから。


 人間が信じる神とこちらが信じる神が違うだけで、こちらだけを一方的に悪だと決めつけられるのは正直納得いかない。でも向こうに理解して貰おうとも思わないから関わり合いにならないのが一番だと思う。

 でだ。祝祭の為に設える祭壇はやはり神聖なもので、このグリッセル湖はそれに似ている。


 いまいち自分でも何を言ってるかわからないけど、こんな感じで伝わっただろうかと、改めて横を見上げれば。

 トリスタンはどこか茫洋とした眼差しでわたしを見ていた。


「……………ちゃんと聞いてました?」

「うん、聞いてた」


 ゆっくりと笑みを浮かべたトリスタン。


( これは…… )


 もう知っていたな。と、ローズマリーは嘆息する。

 それが公爵との話の流れで知ったのか、最初から知っていたのかはわからないけど。


( それって……、ホントにわたし来る意味なかったじゃん… )


 少しむくれてトリスタンを睨むも、いたずらな風がまたローズマリーの髪を乱し視界を奪う。

 だけどスッと伸びた手が乱れた髪を捉え、そっと耳へと掛けられた。

 クリアになった視界の先にあったのは紫色。 月の明かりが睫毛に影を落として、いつもよりも少し深い色となったトリスタンの瞳。



 ローズマリーはやはりどこかいつもと違うトリスタンに、不満を覚えたことも忘れ思わず問いかけた。


「……何か、あったんですか? 

 公爵様と何か……?」


 タイミング的には公爵との話の後なので そう尋ねれば、トリスタンは何故か自嘲気味な笑みを口の端に刻んで。


「――いや……。ただ本当に、人間はつくづく業の深い生き物だと思ってね」

「…………?」


 答にもなっていないし、意味も全然わからない。はぐらかされているのか? と思ったけれど、トリスタンの表情を見る限りそうでも無さそうだ。


 怪訝な顔で見上げるローズマリーに気づき、トリスタンは少しだけ表情を緩めると視線を湖へと向けた。


「公爵から聞いたのだけど、やっぱりこの湖はもっと大きかったらしいよ。もっとずっと」

「………何で小さくなったんですか?」


 また話が飛んだ。怪訝なまま、でも取りあえず話を合わせてみる。だけどトリスタンは「何でだろうね…」と答えるのみ。


 ホント、何なのだろう?

 今日のトリスタンはあきらかにおかしい。


 月の光に映えるその整った綺麗な横顔を眺めていたら、目線がこちらに流れた。


 ドキリと、心臓が鳴る。

 胸元で赤い石も揺れる。

 トリスタンが、わたしに害を加えることはないとわかっている。けど。

 見下ろされたその瞳を()()と感じた。





挿絵(By みてみん)

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