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70.よんでかくして本音と建前

 その部屋からもグリッセル湖が見えた。


「……陛下が心配されていましたよ」

「だろうね、あの方にとってはいつまで経っても私は小さな従兄弟(おとうと)であるようだから」


 窓辺にて外の景色を見ていた公爵(ウィリアム)はゆっくりと振り向き、まだ扉の前に立つトリスタンをソファーへと勧める。


「――で、君の話とは?」


 軽く笑みを浮かべ目の前に座ったウィリアムを見て、トリスタンは小さく嘆息する。


 ローズマリーはウィリアムを見てきっと優しい男だと思っただろう。けどそれは違う。

 仮にも公爵という立場である男が優しいだけであるはずもなく。それはローズマリーに対しては必要ないと判断しただけであって、今 目の前に座る男は優しげな笑顔の下、簡単には推測出来ないものを隠していることがトリスタンにはわかった。


 それに、改めて尋ねなくとも話の内容など知っているだろうに。


「城を売却されると聞いたので。王都に戻られるのですか?」

「いや、それはないよ。だけどもう必要がないから」

「それは…? では違う場所へ? 公爵はここを離れると?」


 貴方が? グリッセル湖から?

 トリスタンの疑いの眼差しにウィリアムは小さく笑って窓の方へと顔を向けた。


「さっきローズマリー(あの子)が歩いて行くのが見えたよ」


 急に逸らされた話と持ち出された名に、その意図が見えずトリスタンは黙った。

 ウィリアムの視線が戻る。


「話を聞かれたくなかった?」

「………いえ、元から彼女は同席する予定ではなかったので」


 それはローズマリー自身も言っていたことだ。

 「ああ…」と曖昧に頷くウィリアム。膝の上で組んだ指先に視線を落とし言う。


「君はきっとわかるはずだよ」


 何の、話だろうか?


「わかる……ですか? それはどういった?」

「愛しい人と自分を隔てるものが何かを」

「…………」


 謎かけのように出される言葉。

 話は戻されたのか、それともまた逸らされたのか。

 持ち上げられた青い瞳をトリスタンは見返す。


「……それで、公爵はもう必要ないと仰るんですか」

「ああ――。立場もあったからだが随分と時間が掛かってしまった。でももう全て終わった。 ……まぁ、()()はまだ納得してないようだけど」


 はぁ。と、トリスタンは再びため息を吐く。


「やはり陛下は全部わかってた上で私に話を振ったんですね……」

「ふふっ、君も私と同じだよ。陛下はマリエラを妹のように思っていたからね。だから君もその範疇の中だ」

「私は母ではないですよ」

「でも私と同じだ」


 少し強く言い切られた言葉にトリスタンは公爵を見やり、ウィリアムはローズマリーに見せていたような柔らかな笑みで言う。


「私がグリッセル湖に魅せられたように君もいばらの森に魅せられた。そして囚われた」


「………別に、いばらの森に魅せられたわけではないですが」

「まぁ、それはそうだな」


 ウィリアムは可笑しそう短く笑った後、笑顔の質を変えた。いや、戻したと言うべきか。

 この国の女王の従兄弟であると頷ける強い眼差しがトリスタンを捉える。


「それで――、君は選ぶのか? それとももう選んだのか?」


 ―――何を?

 という馬鹿な質問は返さない。だから黙る。

 ふっとウィリアムの笑みが緩んだ。


「……愚問だったな」

「……いえ…」



 陛下のおせっかいに付き合わせてここまで来させてしまったのだから、気の済むまで滞在してもらっても構わないと話すウィリアム。その申し出を断って、明後日には王都に戻る旨を告げる。


「私は別にそうでもないのですが、彼女の方はきっと早く戻りたいだろうと思うので」


「だろうな。結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから」


 ウィリアムはまた窓へと視線を送る。それを追えば煌めく湖面が見えた。


 公爵が何を、どこまで知っているのか?

 ……いや、きっと全部を知っているのだろう。

 何故なら、湖を眺めるウィリアムの横顔はひどく穏やかで、自分が抱える焦りなどひとつも見えない。だから。

 心に決めて、トリスタンは口を開く。


「……公爵、少し尋ねてもよろしいですか?」








――‥――‥――‥――‥――




 何となくだがトリスタンに追い出されたような気がしないでもない。

 それはまぁ別にいいんだけど。


 聞いた道順で裏の扉から庭へと出る。 すぐに騒がしく耳に届く蝉の声。強い日差しはトリスタンから被らされた麦わらで編んだ帽子で遮られ、爽やかに吹く風がローズマリーの薄茶色の髪を揺らす。

 同じ自然でもいばらの森とはまた違う匂い。 それはきっと目の前に広がるグリッセル湖の匂い。


 水際はギリギリまで短い草が繁り、名前も知らない小花がまばらに咲く。水の青と陽の白が湖の表面で混ざり、影が落ちた場所は水辺の木々と空を写しとる。

 風光明媚、そこはあの胡散臭いチラシに書かれていた通りだと頷きながら、ローズマリーは湖の横に続く小道を歩く。


 怪しげな気配など微塵もない。

 ここはただ綺麗だ。そう()()()()()くらいだ。

 どう説明をしたらいいのか。

 グリッセル湖はやはりいばらの森と同じかもしれない。

 

( うーん、シェリーならきっと上手く説明出来るんだろうけど… )


 ……まぁいいや。トリスタン様にはそのまま伝えればいい。


 もう確認という用事は済んだのだけど、どうせならばと城から見えた先まで行って見ることにする。

 所々に植えられた木を避けらながら小道は湖と寄り添い進む。そのうねった道の向こうから歩いてくる人影があった。

 

 瞬間ローズマリーの足が止まる。

 男が二人。見えた顔は知らない顔だ。

 だけどその服装からわかる。

 それは時が経っても然程変わりはしない。


 

 神の代弁者。教会に所属する人間。

 それは、魔女であるわたしの天敵。




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