7.真相は常に単純であるべき
振り返ったローズマリーはグッと唇を噛み男を見る。
「貴方は……、何が目的なの?」
「目的?」
「そう、何故ここに? 何をしに?」
「ああ――、目的…ね」
トリスタンがわたしに放った呼び名に対しては今は触れない。触れなければどうとでもなる。
男自身もそのことを別に気にする様子もなく、ローズマリーの問いに考えるように顎に手を添え視線を落とした。そして暫くして出した答えは。
「別に、これといって……無いかな?」
「―――は!? だって貴方は教会の関係者でしょ!?
その関連で―――」
来たのではないのか?と。
今この世の大多数を占める人々。それから外れた者、闇に潜む者。決して日の当たる場へとは出れない、夜に紛れ路地裏に身を潜める存在であると、教会が定義した者。
魔女であることもそう。
たとえその土地に根付き暮らしていた善き魔女であってもその対象となり、教会からの凄惨な弾圧が行われたのはそれほど遠い昔ではない。
それは残酷で無慈悲な悲しい歴史。
今はそんなことはないと、外を知るナルは言う。けれど人の心など簡単に揺らぐ。
ひと度傾けば、戻ることなんてない。燃え広がった炎が鎮火するには、全てを焼き尽くさねばならないように。
だからローズマリーは男の言葉には触れない。
そしてそれとはまた別に教会が警戒するのは、このいばらの森のような魔がひしめく場所。
教会は闇に潜む全てを、自分達の理解を越えた外にあるものを。彼らの倫理の中へ、明るい日の下へと晒したいのだろう。
だけどだ―――。
そんな場所から取れる材料で出来た道具を、それに対峙する教会が使用しているとは。
皮肉が滲むローズマリーの視線の先で、「教会……?」と、首を傾げた男。
「貴方がこの前持っていたもの、それは教会の人間が使うとナルが言っていたわ」
「ん? ――ああ、これだね」
そう言ってトリスタンはじゃらじゃらと胸のポケットから鎖を引き出し、その先にある丸い金属を手に取ると、そうか。と納得したように頷いてローズマリーを見た。
「君は勘違いしてるよ。僕は教会関係者ではなくて、こっちの関係者」
微かに笑みを浮かべて男は言い。じゃらりと。手を離されたことで鎖に繋がれた金属はぶら下げられ、ローズマリーの目の前で主張するようにユラユラと揺れる。
「これを考え作り出したのは僕。というよりも魔導具全般が僕の発案を元に作り出されたもの。
だから教会ではなくて僕は魔導具の関係者が正解だね」
「―――それは………」
ローズマリーの眉間にシワが寄る。
ついさっきまでの怒りによるものではなく、どちらかと言えば困惑。
何を、どう言えばいいのか?
「………驚かないね?」
僅かに細めた瞳で、トリスタンはローズマリーを見つめて静かに言う。
そう言われても。驚ける程にわたしはその魔導具というものについて知らない。だからそれがどれくらい凄いことなのかもわからない。ただ男が今持っているものに関しては、ズルいし、危険であるとは思う。それだけ。
だけど教会とは関係ないと言うならば。
「じゃあ、何をしに……?」
ここへと来たのか?
質問は振り出しに戻り、ローズマリーの困惑は増す。
でもトリスタンは急に機嫌良く笑うと、だから大層な目的なんてないと言う。
「でも強いて言うならば、君に会えるかと思って?」
ローズマリーに向け、また微かに甘さを滲ませた笑みで言うのを見て。まださっきの続きをやるつもりかとしかめっ面になる。
大体言葉のチョイスがおかしい。わたしに会う為? 会ったことも無かったのに?
これもひとつの常套句なのだろう。もう一度文句でも言ってやろうと口を開けば、トリスタンの方が一足早かった。
「まぁ、それは冗談で」
「……………………」
「改良した魔導具の試運転がてらブラブラと散策して―――」
「なるほど!! じゃあもう結果はわかりましたよね?!!」
「……………そうだね、わかったけども。
………何か、怒ってる……?」
「いえ、まさか!!」
ローズマリーは満面の笑みで答える。きっと頬はピキピキとしてるだろうけど続ける。
「ならもうここに来ることはありませんよね?」
試運転だか何だかしらないが、目的の結果は得たわけだ。ならやっとこのよくわからない男も来なくなる。それはローズマリーの気掛かりが解消されると言うこと。固かった笑顔もほくほくとしたものへと変わる。
そんなローズマリーを見て、トリスタンも笑みを浮かべて。
「いや、暫くは通うよ? ここには僕が欲しい材料が沢山あるからね」
「…………………」
( ―――は? )
今、なんて言いました?




