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68.彼の怖いとわたしの苦手

 茶色い道の両側には緑の木立が続き、その中を一台の馬車が行く。

 馬車の窓に切り取られた景色。通り過ぎる木立の向こうにキラキラと陽の光を反射する湖が見えた。


「これがグリッセル湖なんですか?」

「いや、グリッセル湖はまだ少し先だね。ラスター城が見えるだろうからすぐわかると思うよ」 


 「ふーん」と頷くローズマリーに、ソルテナは湖水地帯だから池や湖が多いんだよと、向かいの席に座るトリスタンが言う。


 王都から馬車で半日。ローズマリーは今、トリスタンと共にドーリンベル公爵に会う為にラスター城に向かっている。

 馬車内は二人で、ナルはいない。

 と言うのも、わたしの知らぬ間に二人で話をしたようで、ナルは一足先に家に戻ることになったらしい。


 馬車に乗り込む時に見送りに来たナルは、何か言いたげに口を開き、けど ため息と共に閉じた。

( ……何? ちょっと気になるんだけど? )

 そして改めて口を開いて言う。


「……頑張ってね? マリー」

「いや、だから何が!?」


 ローズマリーはその言葉の意味を問おうとして、けれど後ろから伸びた手が無情にもそれを阻む。 

 ぐいっと腰を後ろに引かれ、パタリと目の前で閉められた扉。すぐにカタコトと馬車は動き出し、その向こうではナルが憐憫の眼差しで手を振り口元がパクパクと動く。


 声は聞こえないが多分「ごめんねー」だ。

 トリスタンとナル、二人の会話に何があったのか? 

 それにしても。


( ……ねぇ、使い魔としての矜持は……? )


 何があっても裏切ることはないと言っていたくせに。

 小さくあきらめの息を吐いたローズマリーは背後へと首を振り、自分の身を引いた人物へと据わった眼差しを向ける。


「トリスタン様?」

「ん?」


 上から見下ろすのはあのいつもの笑顔だ。


「これ…、離してもらわないと座れないです」


 わたしの腰にぐるりと回る腕を指差し言えば、腕の持ち主、トリスタンはその笑顔のままで言う。


「このまま僕の膝の上に座ればいいんじゃない?」


 そんなのもちろん。



「―――却下です!!」





 そんなこんなで馬車内は今 トリスタンと二人。 さっきまでは何か書類のようなものを読んでいたトリスタンだったが、それはどうやら終わったらしく。

 前回と同様、前方から注がれる甘く緩やかな視線から逃げるようにローズマリーはまた窓に目を向けた。


 その視線の先、密度を増した木々の向こうに開けた場所がある。

 緑の絨毯の中へと道は続き、奥にはこじんまりと佇む古城。行く方向からして あれがラスター城だろう。

 湖畔の城と聞いていたけどここからはその湖――グリッセル湖は確認出来ない。建物の裏側にでもなるのだろうか?

 窓側へと少し身を乗り出したローズマリーに気づき、追うように視線を向けたトリスタン。


「ああ、見えて来たね。あれがラスター城だよ」


 その言葉の後すぐ木立は途切れ、石造りの大きなアーチと鉄製の柵が現れた。同じ鉄製の門扉は解放されていて、馬車はゆっくりとアーチの中へと進んで行く。


 先ほど見えた緑の絨毯の中の道を進み、城の正面玄関が視界にはっきりと確認出来た頃、お仕着せを着た年嵩の男が一人玄関扉から出て来た。

 男はドーリンベル公爵家の執事だと名乗り、馬車から降りたトリスタンとローズマリーを迎えると城の中へと招き入れた。



 明るい屋外から室内に入ったせいか、その明暗にローズマリーは一度目を瞬かせる。けどそれは一瞬で、外観は蔦の絡まる古城然としていた割りにはホールは明るく落ち着いた色で纏められていて、まさに!というような怪談染みた雰囲気もなく。沢山ある窓からは陽光も差し込み眩しいくらいだ。

 幽霊のゆの字もお化けのおの字も似合いそうにない。

 

 けど。

 そういったものとは違うのではないかとトリスタンは言う。グリッセル湖はいばらの森と同じではないかと。

 でもそれを確かめようにも、このホールからはその肝心な湖が見えやしない。


( ……まぁ着いたばかりだし )


「ロージー?」

 呼ばれて。ローズマリーはトリスタンについて執事が案内する部屋へと続いた。

 



「こちらでお待ち下さい」


 旦那様を呼んで参ります。と、執事は一旦部屋を出て行った。それを見送って、ローズマリーは腰掛けたフカフカのソファーにふぅと息を吐き沈む。


 通されたのは質の高そうな調度品が並ぶ応接間。机に用意された紅茶はきっと高級品だろう。

 窓の外の知らない景色は、王都のような騒然としたものでなく緑多き自然で心を落ち着けるけど。今 訪れを待つ相手は女王陛下の従兄弟である公爵様だ。

 例え元王女とはいえ、忘れられた存在だったわたしなど平民と大差ない。公爵様などそんなわたしでは普通目にかけることもない存在だ。

 とは言っても。

 先日、その()()()()()の方とお茶を共にしたわけだけど。

 ……それは今はもう触れない、うん。


 ここ最近のあまりにも目まぐるしい展開に、二百年間引きこもりのローズマリーは既に色々いっぱいいっぱいだ。

 横に座る、緊張とかそういうのとは全く無縁ないつもと変わらぬ態度でお茶を飲む男を、ローズマリーはある意味感嘆の眼差しで眺める。それに気づいたトリスタンがこちらを見返しニコリと微笑んだ。

  

「……トリスタン様は怖いものとかないんですか?」

「怖いもの? 前に言わなかったっけ?」


( 聞いたっけ? )


 んー?と首を傾げたローズマリーに、トリスタンも同じく少しだけ首を傾げる。


「僕が怖いと思うのは君に関することだけだよ。言ったでしょ?」

「あー……、言ってましたね」


 居なくなること、会えなくなること、何かそんなこと。

 でもそういうことじゃなくて。

 それに。


「それはもうトリスタン様にとっては怖いものにはならないじゃないですか…」

 呆れたように言う。

「――ん?」

「だってわたしはどこにも行かないし、もう貴方を追い出したりもしませんよ?」

 

 トリスタンが『居る』ことは、もうわたしの中では日常なのだ。むしろ逆に居なくなられる方が気になってしまうと思う。


「――……ああ」

 トリスタンは破顔する。

 わたしの言葉の何がそうさせたのか。思わずといった笑みが零れ落ちる。


 整ってるが故の少し冷たく見える顔を崩し、けど崩したからといって損なわれることもなく。柔らかく細められた目元と、微かに開けた口元の端が緩やかにあがる。

 それが、とても嬉しそうなその笑顔が、わたしに向けられ急激に上がった心拍数。それと、瞬間で赤くなった顔をローズマリーはフイと背けた。


「――ですからっ、そういう話しじゃなくて…!」

 

 ドッドッドッとうるさい心音と動揺を悟られないように、でも少し上擦った声でそう告げても、トリスタンは嬉しそうな顔のまま「うん、うん」と頷くだけで。

 必然的に、部屋の扉がノックされるまでずっと。

 その笑顔はローズマリーにだけ向けられた。

 ……ホント勘弁して。




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