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67.その人の名は親愛なる・・・

 目の前には見たこともないようなキラキラとしたお菓子が並び、置かれた紅茶も今まで嗅いだこともないような香しい薫りがする。

 まずはどれから食べようかと、並ぶお菓子達をウキウキと眺めるローズマリーの前では、バーリー伯爵夫人ことルイーザと、トリスタンが会話を続けている。


「それで、今日は何の用でしょうか? バーリー伯爵夫人。 話しは昨日しましたよね?」

「ふーん…、何だか不機嫌だな?」

「当たり前でしょう、恋人とのカフェデートという目的を邪魔されたわけですから」

「ここでも同じだろう?」

「ここじゃあ意味がないですよ、後一押しの決定的な衆目が欲しいんです」

「衆目………?」


 ルイーザの視線がついとローズマリーに流れた。そして「……ああ、例の噂の件か」と。


 急にこちらを向いた二人に、ローズマリーは口に運ぼうとしていたスプーンを止めた。

 ……何なのだ? 

 全く聞いてなかったのでわからない。けど、戸惑って止めた手をそのままそろそろと進め、開けっ放しだった口にスプーンを放り込む。  


 スプーンに乗っていたのはアイスクリーム。 前に食べそこねた苺のアイスクリーム。 でも今回は桃だ。

 甘く冷たい感覚が口の中に広がり思わず頬が緩む。


( 美味しい! )


 ははっ。という笑う声。 それで二人がこちらを見ていたことを思い出す。

 ……しまった、ちょっと恥ずかしい。


 笑い声をあげたのはルイーザで、トリスタンは蕩けるような顔でわたしを見ている。 

 一頻り笑ったルイーザは青い瞳を細めて言う。


「卿が愛でる気持ちもわかるな。しかし……。 この様子では貴族社会では生きずらいだろう」


 答えるトリスタン。


「いいんですよ、彼女は。必要ないです。 ――ロージー、これも食べる?」


 ローズマリーの前に今度は小さなタルトが増えた。

 いつもの如く、わたしに関する話をわたし無しで勝手に進めるわけだけど、貴族社会などに関わるつもりは一切ないのでここは黙っておこう。 決して、渡されたタルトをどれから食べようとか忙しかったわけじゃない。


 トリスタンの返答に、「……そうか…」と少し複雑な表情で返したルイーザはカップを手に紅茶を飲む。その所作はとても優雅で気品があった。



 しばらくして紅茶を堪能したルイーザが口を開く。


「用というか、少し気になってね。昨日は大丈夫だっただろうかと。それに男爵とは?」

 

 ――男爵?

 ルイーザの言葉に、ローズマリーはラズベリーのタルトを頬張ったまま視線をあげる。


「ええ、なんとか。でも二年ぶりくらいに顔を合わせてしまいましたよ」

「そうだな、卿は新年の祝賀行事でさえ挨拶を済ませればさっさと帰っていたものな」

「伯爵として挨拶が済めば用は終わりですからね。男爵家としての用事は私にはないですし」

「そっけないな」

「当然でしょう」


 ……やはり。会話の中の男爵はあの不快な男ナンバーワンだ。

 自然に顔がしかめっ面となる。

 そんなローズマリーの様子をちらりと横目で確認したルイーザが、視線を戻し眇めた瞳でトリスタンに尋ねた。


「本当は何があった?」


 みんな勝手に人の表情から推測するの止めて頂きたい。


 苦笑を浮かべたトリスタンが簡潔に昨夜のあらましを話すと、ルイーザは深いシワを眉間に刻み大きなため息を吐いた。


「人は対して変わらないと言うが、全く変わっていないのだな、あの男は。マリエラと娘を失ってもそれか……」

「男爵には現在も妻と嫡男は居ますからね」

「それが尚更腹立たしい」


 放たれた言葉の強さにローズマリーは少し驚く。

 口振りのからすればルイーザも男爵――トリスタン父を好きではないようだ。しかもマリエラとは話の流れからすればトリスタンの母親だろう。

 ということは、ルイーザは昔を知っているということだ。

 

( どういった関係…? )


 それがまた顔に出てたのか、見取めたルイーザが苦笑する。


「本当に表情がコロコロと変わる。……確かに貴族社会では致命的だな。

 ――で、ローズマリー、何か聞きたいことが?」


 振られて、


「……ルイーザ様はトリスタン様の親族か何かですか?」


 一番ありそうなことを尋ねてみたら、トリスタンがちょっと慌てて否定する。


「いや、ロージー、それはないからねっ」

「そう……?」

「そうだよっ。……すみません、陛――バーリー伯爵夫人」

「ふふ、いや構わないさ。わたしは愚かな親族よりかは卿のことは気に入っているのだから」

「………はあ、恐れ入ります」


 ルイーザは笑顔のまま再び語る。


「マリエラは……、ティルストン伯爵の母親は、少女時代に私の家で行儀見習いをしていたのだよ。儚げなとても美しい少女だった。そしてとてもいい子だったよ、妹のように思っていた。

 ………本当に、あんな男と結婚などしなければ…」


 視線を遠く、遥か過去に向け呟くルイーザ。

 でも最後の、その言葉はトリスタンの生を否定することだ。

 それがわかったのか、ハッと我に返ったルイーザも慌てたように言う。


「いや、違うぞっ。卿を――」

「わかってます、それは私も一度は思ったことなので」


 トリスタンは小さく笑い「でも――」と続ける。


「でも、だからと言って私は自分の生を否定は出来ないんですよ。じゃないと彼女に会えなかったわけですから」


 甘い柔らかな笑みがローズマリーに向けられる。


「ロージーと出会えたことで、全てが報われたんです」


 その大袈裟とも言える告白。


 トリスタンが、ローズマリーの預かり知らぬところでわたしに対して抱える感情。それは一方的な執着に他ならない。けど。


 「それは何とも……」と呆れたようなルイーザの声が落ちる。ローズマリーも大方同じ心境なのだが、もう一方で言葉に出来ないむず痒いような気持ちも沸き起こる。それがとても厄介で。

 ぐぬぬ…と、フォークを握り締めたローズマリー。


 ひとり百面相をするローズマリーを置き去りに会話は進む。


「しかし、わたしは立場上動けない分、マリエラとは割りと頻繁に手紙のやり取りをしていたのだが…。卿の実らぬ初恋の執着がローズマリーへと向いたわけだな?」


 からかうようなその声にしれっとトリスタンが返す。


「初恋の執着もなにも…、全部が元々彼女に向けてですから」

「―――それは…? ………… …………、

 ……いや、止めておこう。これ以上は聞かない方が何となくいい気がする…」

「英断ですね」


 いつものあの笑顔は他の人にも効くらしい。

 



 「何せ忙しい身でね」と、小一時間で会話を切り上げたルイーザは、同じく席を立とうとしたわたし達に、今日一日この部屋を貸し切っているのでゆっくりすればいいと言う。

 しかも何でも頼んでいいとも。バーリー伯爵家は資産家なのだろうか?


 最後に、扉まで見送りに来たわたし達を振り返り。

 

「初恋は実のならないものと聞くが……。

 実はね、ウィリアムも幼き頃に湖の幽霊の女性に恋をしたんだよ」

「はあ……?」


 トリスタンの零した声に、ふふ。とルイーザは笑いローズマリーを見る。


「ローズマリーはその女性にちょっと似ているよ。悪い意味でないし、姿容でなく雰囲気というのかな?

 ………私達とはどこか少し違う」

「―――!!」

「陛下――!?」


 その全てを見透かすような青く強い眼差しは深く。 刻む笑みも、また深く。


「……まぁ、何となくだよ。


 ―――じゃあ、ティルストン伯爵、ウィリアムのことは頼んだ」


 そして、軽く手をあげてバーリー伯爵夫人は出ていった。扉の外にいた護衛だろう人々を引き連れて。



 

 閉められた扉を見つめローズマリーは呟く。


「……………トリスタン様?」

「ん、何?」

「いや、何じゃなくて……。

 今さっき、陛下って言いませんでした……?」


 トリスタンはニコリと笑う。


「気のせいだよ」


 そんなわけあるか!




徐々に増える文字数(笑)

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