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64.それぞれの持つ事情

 ローズマリーの横で優雅に紅茶を飲むトリスタンは、先ほどとは違い随分機嫌が良さそうに見える。

 高級紅茶が気に入ったのか?

 カップを手に取り、わたしもやっとそれを口にする。


 ファーストフラッシュの一番茶、香りも良く口当たりも爽やかで、わたしにしては珍しく砂糖も入れずにそのままだがとても美味しい。流石、ディバ産の高級ダージリンだとほくほくしていれば横から視線を感じた。

 もちろん、その視線はトリスタンだ。

 

 今日のトリスタンは出掛けていた為、いつもと違い髪を全て後ろに流している。なので形の良い額も露に、幾筋かの髪がそこにほどけ落ち、その下、緩やかに細められた紫の瞳がわたしを見つめる。


「な、何ですか?」


 漏れ出る色香にあてられて動揺するわたしに、


「――いや、……やっと守ることが出来るようになった自分が嬉しくてね」


 と、小さく笑って目を伏せたトリスタン。

 視線がそれたことで動揺は一旦静まるが、その言葉の意味はいまいちよくわからない。

 

 首を傾げるわたしに、トリスタンはそれについてはそれ以上何も言わず。カップを机に戻すと「そうだなぁ…」と呟く。

 屈めた姿勢で膝の上に自らの肘をつくと、両手を組んで顎を乗せた。そして続ける。


「あの男はね、上流階級ではあったけど爵位は持っていなくてね。それが欲しくて母と結婚したんだよ」


 片方は資産を持っていて、片方は爵位しかない貧乏貴族、まぁ有りがちな政略結婚だよね。とトリスタンは笑う。

 

 トリスタンが言うあの男とはグレイフィッツ男爵のこと。その爵位も、元は母方のものだったということ。

 貴族に拘るのはそこら辺も関係するのだろうか。


 それに加えて。トリスタン父には結婚する前から愛人がいて、その間には子供もおり。 トリスタン母が亡くなって直ぐに愛人は後妻となって、その子供は男爵家の嫡男となったという。


 ……何だそれ、最低の男じゃないか。

 不快な男ナンバーワンに格上げだとローズマリーが心の中で決定すれば、それがありありと顔に出てたのか、トリスタンはこちらを見て苦笑する。


「母は綺麗ではあったけれど、あの男にとってはそれでは物足りなかったんだろうね。それに病弱でもあったし。貴族の妻としての役割を果たすには向いていなかった」

「その言い方はっ……、」

「でも事実なんだよ、だから僕と妹をおいて自らの命を絶った」

「…………っ!」


 ローズマリーは息を飲む。


「あの男は気に入らないと手をあげるような奴だったからね、母は耐えられなかったんだろう。だからそれを責めることはないよ」

「………やっぱり最低の奴じゃないっ!」

「うん、だから間に合ってよかった。………本当に」

 

 トリスタンは身を起すと、憤りにぎゅっとカップを握りしめたローズマリーの手からそれを取り上げると机に置く。そしてそのままわたしの両手を自らの両手の中に包み込んだ。


「もし君の身にそれが振りかかっていたら、きっと本当にあの男を殺してたと思う。

 そうしたら流石に罪は免れない。あの男のせいで罰を受け、君に会えなくなるなんて最悪だろ?」


 だから間に合って良かったと、トリスタンは視線を落としわたしの手を包んだまま繰り返す。

 それに関してはローズマリーも謝る。


「……ごめんなさい。トリスタン様が戻る前にわたしが怒らせておけば出ていってもらう流れがつくり易いかと思って……」


 まぁ、確かに今思えばそれもどうかと思う。だけどあの時はそれが最適だと思ったわけで。

 だから頭を下げてそう言えば、「ロージー………」と呆れが滲むが幾分低くなった声が降る。

 そっと顔をあげれば、やはり眉間にシワを刻むトリスタンがいる。


「次 同じようなことをしたら、わかってるよね?」


 そう当然のように言われても、わかるわけない。でもここは頷いておいた方がいいことはわかる。


 なのでコクコクと頷けば、トリスタンは大きくため息を吐くとわたしの手を放し、そのまま今度は自分の額を覆った。そして呟く。


「やはり一人にするべきではないな…」


 失礼な。


  


 触れていいのか迷ったけど、ここまできたら最後まで聞いた方がスッキリすると、ローズマリーは尋ねる。

 

「エミリア……さんっていうのが、トリスタン様の妹さんなんですか…?」

「――ん? ああ、そう言えばさっき口にしたよね。そうだよ、前にロージーにも話した三つ下の妹。生きていたら二十一だったけど――」


 ローズマリーの問いに答えるトリスタンは、そこで一旦言葉を切り。わたしをしばらく見つめた後、ゆっくりと視線を反らす。

 そしてテーブルに置かれたカップを見つめて再び口を開いた。


「母と同じでね、エミリアも体が強くはなかった。 君と同じ……十六の時に肺をやられてあの子も亡くなったよ」


「……………」 


 ローズマリーは、何も言えずに静かにトリスタンを見つめる。

 トリスタンは、「でもそれは自分のせいだ」と自嘲気味な笑みを横顔に浮べた。


「母がなくなって、あの男は愛人とその息子を家に迎えた。まぁそうなることはわかっていたんだけど、暴力まで増えるとは思わなかったよ。あの男と、愛人とその息子まで」


 ある意味お似合いだよね。と軽く笑って続ける。 


「まだ子供でしかなかった俺では選択肢が限られていた。だから逃げた」

 

 妹を連れて、共に逃げたのだとトリスタンは言った。

 この王都には身よりのない子供も多く、子供でも働き口は沢山あった。そして幸いなことに見目の良かった二人は親身になってくれる人も多かった。だから貧しいながらも二人で生きていけたと。


「でもやはり体の弱かった妹には負担だったんだろうね」


 風邪から肺を患った妹は急激に痩せ細り、トリスタンはどうしようもなくなって父親の元に向かったと言う。だけど。


「すげなく追い返されたよ。お前達は自ら出ていったのだ、もうこの家とは関係ないと杖で殴られた」

「ハッ……何それ、サイテー……」

 

 さっきからこの単語しか出てこないが、その言葉しか出ないのだから仕方がない。

 これ以上ないほどに顔をしかめるローズマリーにトリスタンはフッと息を漏らす。


「あの男の肩を持つわけではないけど、それは一理あると思う。勝手に出ていって病気になったから助けろとは、向こうからしたら確かに何言ってるんだ?ってとこだろう」

「でも自分の子供じゃない!?」

「うん、でも、ロージーもそういうことはあるって知ってるでしょ?」


 そう言われてローズマリーは言葉に詰まる。 ……そうだ、わたしもそれを知っている。


 思い出させたことをすまなく思ったのか、こちらを見たトリスタンはちょっと眉を下げて。

「だからエミリアの死の大半は俺のせいなんだよ」

 と、また口にする。


「俺にもっと力があれば、あの男より強くあれば、逃げなくても済んだだろうし。殴られた時も、もっと諦めずに懇願すれば良かった。

 結局…、俺の弱さがエミリアを殺したんだ」




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