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61.茶会と噂のマドリガル

 ローズマリーが気の進まないお茶の席に着こうとした頃より数時間前、トリスタンも気の進まない茶会の席にいた。

 といっても、それは室内ではなく庭園で行われた立食式のガーデンパーティーではあったが。


 午後の強い日差しを遮るように木々の間にはシェードが張られ、木漏れ日とシェードを通した柔らかい光の中、きらびやかな装いの大勢の男女があちこちで歓談している。

 そこから少し離れた楡の木の下、眉間にシワを刻み不機嫌を隠すことなくトリスタンは幹に凭れる。


「おいおいトリスタン(色男)。そんな怖い顔をしてると周りのお嬢さん方が声を掛けづらいだろう?」


 掛かる声に、その不機嫌顔のままトリスタンは声の主へと顔を向け、グラスを手に近づいて来たのは一応友人とも呼べる男。

 その後ろには遠巻きにこちらをチラチラと眺める女性達の姿も見えた。 


「……むしろその方が有難いが?」

「はは、相変わらず素っ気ないな」


 手渡されたグラスを受け取り、また歓談中の男女の輪を眺めるがお目当ての人物はまだ輪から抜けそうにない。

 トリスタンは小さく息を吐くとグラスに口を付ける。甘くフルーティーなスパークリングワイン。とても飲みやすく美味しい。さすが()()()()のガーデンパーティーと言うべきか。

 自分にはちょっと物足りなく感じるが女性が好みそうではある。これならローズマリーも気に入るんじゃないだろうかと、またグラスを傾けたトリスタンに、横に並んだ友人が話し掛ける。


「そう言えば、随分久しぶりだよな? お前が王都に顔を出すのも」

「ああ、そうだな。最近は領地にこもっているから」

「みんな寂しがってたぞ、トリスタン様がいない~って。だからお前がいるとわかった途端、女性陣は一旦化粧室に駆け込んでお色直しに大慌てだったらしい。

 おかげで化粧室は鏡の取り合いで大混乱だったそうだぞ? 相変わらず女の修羅場を作り出すのが得意だな、お前は」


 ははは。と皮肉り可笑しそう笑う悪友に、「笑えない冗談だ」と渋い顔をするトリスタン。


 正直、自分の預かり知らぬとこで起こる事など どうでもいいと思うが、プレタでの自分とローズマリーのことはやはり王都には届いていないのか? まぁ確かに、一応州都とは言えティルストン自体が小さな辺境の州でしかないからなぁ。と嘆息するトリスタンに、「――あ、でも」と男が口を開く。


「お前に恋人が出来たって噂も聞いたんだけど?」


「……………へぇ…、どんな噂?」

「いや、なんか、女性に服をプレゼントしたとか、寄り添い歩いてたとか……」

「ふーん……。 その相手については?」

「――え? ああ…、それは色々あって、凄い美少女だったとか大したことないとか、……え、何? 本当のことなのか!?」

「へぇ? 大したことないか…、言ったやつの顔が見てみたいけど……――ああ、本当だ」


 誰だか知らないが彼女(ローズマリー)を前にして本当にそれが言えるのか試してみたいと。トリスタンの顔に黒い笑みが浮かぶ。

 でも男はトリスタンのその笑みを喜びと捉えたのか、からかうように肩を叩く。


「何だよ、隠してたのか? ――で、教えろよ! どんな子だ!?」

「教えないし、見せもしない」

「何だよそれっ」


 すっぱりと言い切ったトリスタンに不満そうに鼻を鳴らす男。それを横目に、予定通りだったことにほくそ笑む。

 なるほど、これなら後一押しか。

 

 「――ティルストン卿」と声を掛けられたのはそんな時。

 振り替えれば見知った顔の男がいる。


「お待たせいたしました。どうぞあちらへ」


 やっとらしい。トリスタンは頷き移動しようとするが、まだ話を聞きたい男が引き止める。


「おい、まだ話は終わってないだろ?」

「残念ながら呼ばれたからね、――ユアマジェスティに」

「――へ? おい、ちょっ……!?」


 驚く友人を置き去りに、トリスタンはじゃあねと手を振ると、待ちに待たされた人物の元へと向かった。




「新年以来か? ティルストン伯」

「お久しぶりです、女王陛下(ユアマジェスティ)


 視線を落としたトリスタンに堅苦しい挨拶はいらないから顔を上げろ。と手を振るのは、この国、ブリテジアの女王だ。

 ガーデンパーティーが望めるコンサバトリーのテラス席に座り、優雅な仕草でトリスタンを見上げる女王は五十をとうに越えても尚若々しく英気がある。


「相変わらずの色男だな、卿は」


 顔を上げたトリスタンを見て女王が言う。それに「滅相もございません」と返せば、同じく堅苦しい言葉もいらないと言う。


「ここには今、私と卿しかいない。好きに話せば良い」

「……はあ」


 トリスタンを連れてきた男、女王陛下の従僕は少し離れた位置にいる。だからこのテラス席にいるのは確かに二人だ。


「ならば早速。 呼び出した用件は何でしょうか?」


 取り繕うことを止めたトリスタンはまた微かに眉間にシワを刻み早急に尋ねる。

 王都のアパートに届けられていた女王からの呼び出し状。貴族で有る限り断ることの出来ないもの。だからさっさと済ましてローズマリーの元に戻りたいが為に、先ほどからイライラとしながらもずっと待っていたのだ。

 

「ははっ、余程早く帰りたいと見えるな」

「………何か?」


 含んだような女王の言葉に、苛立ちを隠さずに返せば「いや、別に」と笑って流された。そして。


「まぁ、そうだな……。卿はラスター城が売却されるという話を知っているか?」

「ええ、今朝の新聞で偶然知りました」

「そうか……」


 やはりその件かとトリスタンは思う。言葉振りからすると女王も同じく今日知ったといったところか。


「……全く、何を考えてるのか、ウィリアムは……」


 ウィリアムはドーリンベル公爵の名前(ファーストネーム)だ。

 

「それを踏まえてお会いして来ますよ」

 

 どうせ会いに行くのだ。推測するより本人に尋ねる方が早い。時間の無駄だし、早く帰りたいのが今の本音ではあるけど。


「そうだな……。卿も今日知ったのだからどうしょうもないな。――わかった、ならば後は頼む」

「承知しました、ユアマジェスティ」


 話は終わったとばかりに、退席の挨拶をしてさっさと背を向けたトリスタンに女王が声を投げる。


「ところで、ティルストン伯よ。どうやら可愛らしい恋人が出来たそうだな?」


 振り替えると、女王はとても愉しげな表情でこちらを見ていて。


「そんなにも急いで帰ろとするわけは、その恋人が待っているからか?」


 トリスタンは嘆息する。


「わかってるなら引き止めないで下さい」

「残念だな、卿には私の孫娘をと思っていたのだが?」

「ソフィー様はまだ八歳ですよね? …ご冗談はそれくらいで」


 では。と、また背を向けようとしたトリスタンを、

「――ああ、それともうひとつ」

 もう一度引き止めた女王は眉を下げる。


「引き止めた私が言うのもなんだが……。 グレイフィッツ男爵が卿が王都に来たことを知ってるようだ。 本当に急いだ方がよいかもしれない」

「―――――は!?」


 トリスタンは今日一番の深いシワを眉間に刻んだ。




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