60.ティータイム・ブレイク
( 何だろう? )
ナルが帰ってきたわけでもなさそうだ。厨房の扉から顔を出し廊下の先の玄関を覗く。
急に――、ドンッっと玄関の扉が叩かれた。
ビクリと身を竦めるローズマリー。
再びドンと音が鳴り、今度は男の声がする。
「トリスタン! いるのだろうっ! 早く扉を開けろ!」
( ――トリスタン? )
「――おいっ! 聞いているのか!? 早くここを開けろと言ってる!」
威圧的な強い口調の声ともうひとつ。
「だ、旦那様、管理人が言うにはトリスタン様は出かけられたそうですが……」
「うるさいぞ!開いていた窓が閉まったということは中にいるのだ! ―――おいトリスタン! 父親が来たのだぞ、早く開けろっ!」
ドン――と、扉がまた鳴った。
頑丈な扉はそれくらいではびくともしないがうるさいし迷惑だ。
だがしかし、さっきの言葉。
( ……なるほど、これがトリスタン様の――、 )
半眼となったローズマリーは思案するように顎に手を当てる。
さて、どうしようか?
トリスタンは誰が来ても無視していいと言っていた、鍵は開けるなとも。
このことを何となく予見していたのか?
外ではまだ声が続いている。
「ええいっ、埒があかん! おいお前、管理人から鍵を借りてこい!」
「で、ですが、そう簡単には……」
「私は父親だぞ!? それに貴族だ! 管理人は平民だろう、従わせろ!」
( ――は!? ……ねぇねぇ、ちょっと……? )
またこれか…。 昨日に引き続き今日も。
ホント……、貴族様がそんなに偉いのだろうか?
しかしだ。軽く挨拶をしただけだが、管理人は人の良さそうなおじさんだった。
そんな管理人を困らせるのもなんだと。ローズマリーはため息を吐くと玄関へと向かった。
カチャリと扉を開ければ、その向こうには明らかに身なりの良い男とその従僕らしき男。
「トリスタン様なら今はおりませんが?」
扉から顔を出したローズマリーに、二人はポカンとした顔をして。身なりの良い方の男――、トリスタンの父親が「君は……」と声を洩らす。
さぁ、なんと答えれば良いのか。
彼の領地に住んでいる領民? でもトリスタンは今我が家に住んでいるのでオーナー?
………うん、めんどくさい。
「ローズマリーといいます」
なので名前だけ名乗れば、トリスタン父の眉がピクリとあがった。
「ローズマリー…? ――…ああ、君……いや、お前が」
何だか嫌な言い方だ。
呼び方も「君」から「お前」に変わったし。視線も不躾なものへと変わった。
上から下へ見定めるようなトリスタン父――、ええっと男爵だったっけ? その瞳はブルーグレーで、トリスタンのように綺麗な紫色ではない。
容姿はさすがに整ってはいる。きっと女性にはモテる部類だろう。だけど傲慢さと酷薄さが面に表れていて、わたし的にはいけ好かない。
要するに息子とはあまり似ていない。トリスタンは母親似なのだろう。
こちらも同じように見定め返していれば、男爵が口を開いた。
「ハロルド様が言っていたのはお前か。 確かに、見た目は大層素晴らしいな、アレがのめり込むのもわかる。しかし………。
――ふん、まぁいい。ともかく上がらせてもらうぞ」
「あ、ちょっとっ!?」
聞き捨てならない名前を口にした男爵は半開きのままの扉をローズマリーごとを押し退けると、慌てて止めるこちらを尻目にずかずかと廊下の奥へと進んでゆく。そして主人に置いて行かれた従僕は、玄関先で戸惑ったように主である男の背中とローズマリーを交互に見る。
あ、あの…。と、おずおずと零れる声。ローズマリーは渋面となり。でも仕方ないと。
「貴方も中へどうぞ」
そこに立ったままもまた迷惑だと中に招き入れ、念の為 扉は微かに開けた状態にしておいた。
部屋へと戻ると、男爵は勝手にソファーへと腰掛けていて呆れる。
ローズマリーは厨房に行くと火に掛けっぱなしだった手鍋をコンロから下ろし、せっかくだからと選んだ茶葉はディバ産のダージリン。普段口にしない高級茶葉だ。
どうせ自分も飲むつもりだったし難癖を付けられる前にお茶でも出しておこうと、いつもより丁寧にお茶を入れると従僕の男を呼ぶ。
「はい、これ。もう少し蒸らしてから入れてあげて下さい」
お茶入れれますよね?と尋ね、頷く男にポットとカップ、そして置いてあったビスケットを茶菓子として二枚添えたトレーをさっさと手渡す。
別にわたしが男爵をもてなす必要もないし、ここで一人で飲んでる方が気が楽だと、ローズマリーは自分の分も入れ厨房の椅子に腰掛けた。
( しかし、勝手に入ったとは言え、中に入れてしまったわけだが大丈夫だろうか? )
茶葉の香りを堪能しながら思案する。
トリスタンと家族の関係が円満でないことは、彼が家族について話す言葉の端々からわかっている。
このままであれば、トリスタンと父親がかち合うことも確実なわけで。
カップを片手にうーんと唸っていれば、厨房から出て行ったはずの従僕がまた顔を出した。
「――? ……何か?」
「いや、その……」
「……お茶が気に入らないとか? 入れ直しますか?」
「いや…そうではなくて、男爵様が貴方もこちらに来るようにと……」
「は? なんで?」
「私はそう伝えろと言われただけですので……」
ローズマリーは眉をひそめる。
何故か顔を赤らめ視線を合わさない従僕も謎だが、男爵に呼ばれる意味もわからない。
出来れば断りたいとこだが。
( 実は風邪を引いていて……とか今更ムリだよね… )
ため息と共にカップを下ろすと、ローズマリーは移動する為に立ち上がった。




