6.嘘と戯れのロンド
二話目です。
季節は秋。少しずつ寒さは増しているけれど、鮮やかに色づく森は目を楽しませ、ついでに様々な実りを与えてくれる。まさに豊穣の秋。
ついでにどころかむしろそっちの方がローズマリーには重要だ。
ローズマリーはカゴいっぱいになった秋の味覚のキノコを眺め満足そうに頷く。
後は柴栗でも拾って帰ろうと方向変えた先に、落ち葉が積もる道を優雅に歩く男の姿が見えた。
一週間振りに現れた男、トリスタンはローズマリーに気付くと微笑んで「やあ」と片手を上げる。
そんな近づいて来た男の顔を見て、ローズマリーは思わず返す挨拶も忘れた。
麗しいその顔に貼られた白い布。
( あれ……? もしかして……? )
とか思ったけど、そんなことはないはずだ。多分。そう、心の中で思っただけでやましいことなどしてはいない。
気を取り直してスカートをつまみ小さく挨拶をして、やはりマジマジと男の左頬の布を見る。
トリスタンはローズマリーの視線の先に気付くと、「ああ、これね…」と自らの頬に指先を当て、若干眉を下げて息を漏らした。
ため息と左頬の布。そして見目の良い男。そこから安易に導き出される答えは。
「痴話喧嘩ですか? 大変ですねぇ」
色男は。ローズマリーは肩を竦める。
それは率直に思ったことを言っただけ。なのに。
何となく空気が変わった気がした。
「……へぇ? ロージーってば、俺のことそんな感じの奴だと思ってるんだ?」
ふーん。と、話す男は何故か笑顔。
( ………え? はぁっ!? ロージー?? 俺!?? )
一度断った呼び名を使った上に、一人称も変わっている。でもそんなことより。
( ホントちょっと待って! その笑顔!! )
ローズマリーは一歩後ずさる。
すかさず伸ばされた腕が、その指先が、動きから遅れたローズマリーの髪の一房を捉え、強く引かれたわけではないけど驚きに体は固まる。
「………ふ、」
零れた声にびくりと見上げて。捉えられた自分の髪が男の口元へとゆっくりと近づけられるのを、ローズマリーは呆然と眺める。
そして伏せられた瞳と髪に落とされた口づけ。
( ――――――な、 )
トリスタンの、近くで見ると思ったより長い睫毛が揺れて。持ち上げられた目蓋の下、少し影となった紫色の目が甘く甘く歪む。
( ―――な……っ、なな…………! )
その瞳には真っ赤な顔で限界まで目を見開くローズマリーが映り。男の綺麗に弧を描いていた唇が、笑みを壊すことなく開く。
「言っておくけど―――、
俺って意外と一途だから、覚悟してね」
( なっ……! なあぁぁーーーっっ!?! )
誰もが見惚れるだろう零れるような、でも艶めいた笑顔で告げた男の手から、意味を為さない心の絶叫と共に抜けても構わないと自分の髪を引き抜き飛びずさる。
その二人の間を、勢いでぶちまけてしまったカゴの中身がポトポトと落下した。
「………………………は」
………………最悪だ。
色んな意味で、サイアクだ!!
ローズマリーは自らがぶちまけたキノコを拾う為にしゃがむ。そして手伝うつもりか、目の前に屈んだ男を憤りを隠さないままキッと睨みつけた。
そう――、この男は、トリスタンは。
わたしを揶揄ったのだ。
だってこの男は別に愛だの何だのと決定なことは口にしていない。一連の流れは男女間の遊びや駆け引きの戯れ言なのだろう。
そんなことには慣れていないローズマリーは簡単に引っ掛かっただけ。
「――そういうことはっ! それに慣れた王都の女性方として貰えませんか? とても不快なので!」
怒りに任せて言い放てば、男は少し目を見開きその後何とも言えない表情となる。その表情の意味など理解する気もないのでまた視線を下げ無言で手を動かす。
男の何か言いたげな視線を感じたけども、そんなものは完全に無視したまま全て拾い終えて立ち上がる。
尋ねたいことの件など怒りの向こうに消えた。もういいや、と挨拶も省き背を向ければ、後ろから声が掛かる。
掛けられた言葉が、謝罪であればそのまま無視しようと思ったけど。
「もしかして、君には黒猫の友達がいたりするかい?」
その質問にローズマリーの足がピタリと止まる。
「…………何故?」
止めてしまった足に仕方なく振り返り、険しい表情を崩すことなく尋ねれば、トリスタンは先程のことなど何も無かったような顔でトントンと自らの頬の白い布を指した。
「街で、黒猫に後をつけられててさ。仲良くなりたいのかと近寄ったらこの通り」
……ああ。 なるほど、そういうことか。
黒猫に、引っ掻かれたと。でも―――。
「何故それがわたしの友達であるという話になるんですか?」
「さぁ、何でだろう?」
「今度は言い掛かりですか? ……不愉快ですね」
曖昧に笑う男をひと睨みして、用事は終わったとばかりにローズマリーはまたさっさと背を向けた。
途端、びゅうぅと冷たい風がローズマリーの髪を乱す。
それさえも計算のうちであったのか?
その隙間を縫って届いた声は。
「で、君は僕に聞きたいことがあるんじゃないのかい?
――ねぇ、いばらの森の魔女さん」




