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56.引きこもりたい魔女 

《ソルテナ地方の人気観光スポットと言えばここ!

 風光明媚、気候も穏やか、王都からなら馬車で半日足らず! 静かな静寂に包まれたグリッセル湖、その湖畔佇むラスター城。そしてなんと言っても…………


 その湖に現れる美しき幽霊! こんな暑い夏には持ってこいだ!


 さぁさぁ皆さん、夏季休暇には是非ともアン・ウッド村へ。心の臓からの涼しさをどうぞ!》




 ローズマリーは手にした、色んな意味で薄っぺらいチラシを机に戻すとしかめた顔をあげる。


「………なんなんですか? これ」

「夏季休暇のお誘いだよ」

「夏季休暇って………」


 相変わらず麗しい顔でニコリと笑うトリスタン。


「行かないですよ? 大体何ですかこの胡散臭い謳い文句。こんなので人が来るんですか?」

「人間って物好きだからねー」

「だとしても行かないですよ?」

「ふーん……?」


 ……何だろう? あの余裕の笑みは……?


 それ以上言葉を重ねるでもなく、にこやかにこちらを見る男に、何となく警戒心を抱く。


 チラシが乗った机を挟みトリスタンと向き合うように座るローズマリーは今 居間にいて、ナルは厨房で夕食の準備中だ。ヴァルは先ほど森に出掛けて行き、シェリーはわたしの横で―――、


『楽しそうじゃない?』


 などと言う。



「―――はっ!? どこが!?」

『いいじゃん、避暑地でのんびりなんて』

「必要なくない!? 毎日のんびりみたいなものだし、ここは涼しいし……、しかもこんな怪しいチラシって!」


 タンッと机の上のチラシを叩き、眉間にシワを寄せたローズマリーは横で座るように浮かぶシェリーを見る。


『でも、湖に佇むお城だなんて素敵じゃない』

「別にわたし興味ないけど」

『美しい幽霊とか見てみたくない?』

「これっぽっちもないね」


 とりつく島もないローズマリーの返答にシェリーは若干慌てた様子で。


『――あっ、そうそう! 王都にも寄るみたいだし、前に食べ損ねたアイス……、』


「――王都……?」


 遮る一言。


 ローズマリーの視線はゆっくりと訝しむものへと変わり。そしてギクリと肩を揺らすシェリー。


 確かにこのチラシには王都から馬車で半日と書かれてはいるが、それはきっとただの目安であるはずだ。ローズマリーは頭の中に地図を浮かべる。

 アン・ウッドという村がどこかはわからないが、ソルテナ地方と言えばここと同じ、王都よりも北に位置する。ならわざわざ南の王都に寄る必要などないのでは?

 その上、何でシェリーは()()()()()()()()と言うのか?


 チラリと目の前の男に視線を送れば、ニコニコと腹の底の読めない笑顔を浮かべたままだ。

 大体の話の流れが読めたローズマリーは、今から対峙するだろう状況を思い、盛大なため息を吐いた。






「………納得いかない…」

「この期に及んでまだ言ってるの?」


 ボソッと呟くローズマリーに呆れたように返すのはナルだ。

 それもそのはず、今二人がいるのは王都に向かう列車の中で。ナルの言うとおり本当に今更だ。



 ローズマリーの思ったとおり、トリスタンとシェリーは事前に手を組んでいて。あの後始まったシェリーのお願いに、渋りまくったローズマリーだったけど、結局はシェリーの泣き落としな懇願に折れてここにいる。

 もちろんそのお願いは本だ。王都にて国中の書物が勢揃いする大規模なマーケットが開かれるのだという。


 そう。またもやの本で、何だか色々と負けた感を否めないわけだけども。


「まぁ、シェリーは仕方ないよ、シェリーは」

 

 なんたってわたしの大事な半身だし。でもだ――。 


 ココンッと、二人のいるコンパートメント(個室)の扉をノックする音がする。

 ナルが返事をして、そして入ってきた男をローズマリーはキッと睨む。


「やっぱり納得いかないですけど!」

「―――ん?」


 部屋に入るなりの突然の言葉に、扉に手を添えたままのトリスタンは何だ?という顔をして。


「トリスタン様は日程を把握してたんですよね!?」


 と、不機嫌顔のまま言えば、「ああ――」と理解した男は笑って向かいの席に座る。


「把握はしてたけど、僕はそちらの祭事については詳しくはなかったからね。仕方ないよね」

「かもしれないですけど……っ!」


 しかしギリギリに告げられた日程に作為的なものを感じないでもない。


 というのも、今シェリーはここにいない。何故なら王都に到着するのが8月の朔日だからだ。

 その日はルーナサ。光の神ルーを祝う夏の収穫祭。オークの王からヒイラギの王へと王座が変わる、実りと収穫の時期。それは夏至から冬至まで。

 魔女にとって四つの大事な祝祭のうちのひとつだ。


「いくら僕でもマーケットの日程を変えることは出ないよ」


 胡散臭げな視線を向けるローズマリーにトリスタンは困ったように眉毛を下げる。

 まぁ、それはそうなのだろうが。でも納得するかどうかは別だ。


 そんなローズマリーにトリスタンが尋ねる。


「ところで、その祭りは必要なの?」

「必要……と言えば必要です。溜まる一方ではいずれ何かしら破綻してしまうので」

「それは所謂『力が』ってことかな?」

「そうですね。それぞれの季節の節目毎に、余剰な力を解放する為の祝祭。いばらの森においては絶対に必要ですね。わたし達(魔女)がいるので」


 2月のインボルグ、この前終わった5月のベルティン、そして今回8月のルーナサ、最後は11月のサウィン。

 何もなければ霧散する力もわたし達がいる限りそれは溜まる。だからきちんと神の元へと解放せねばならない。


 なのでシェリーは泣く泣く残ることに決めて、それならばわたしもと思ったのだが、「代わりにお願いっ!」というシェリーの本への情熱とトリスタンのそれを煽る情熱(?)で、結果わたしはここにいる。



 はぁ……と、知らず漏れたため息に、向かいの席から少しだけ落とされた声がする。


「ごめんね、ロージー。今回はどうしても君と出掛けたかったんだよ」



 顔を上げれば、トリスタンがわたしを見ている。


 ずるいと思う。

 そうやって少し眉を下げ謝る仕草の男は、ローズマリーのささくれ立っていた心を急にそわそわとさせる。

 そのことを、その意味を。この男はきっとわかってやってるのだ。


 ……ホント、ずるい。



 だから、もう一度ため息を吐き、


「今回だけですからね!」


 と、素っ気ないふうを装って言えば、横に座るナルは何とも言えない顔をして、目の前のトリスタンは微かに目を細めて笑った。




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