54.推しても知るべき?
結局マーケットで買い物をすることが出来ずにトリスタンへのプレゼントは用意出来ていない。
その為に外に出るという気力も今はまだなく。それならばナルに頼もうと、トリスタンに欲しいものはあるかと尋ねれば。
「うーん、欲しいものと言われるとその答えはひとつしかないんだけど……」
「なんですか?」
「言えば今のロージーでは困るとおもうよ?」
なんなんだそれは?
でもそれ以上つっこんで尋ねようとも思えない。トリスタンが浮かべる笑顔を見れば。
それならばと、じゃあ食べたいものはあるかと尋ねれば。
「言い方が違うだけで同じだよね?」
と、返される。どういうこと?
きちんと答えてくれない男に、むぅと顔をしかめるとトリスタンは「ははっ」と笑って言う。
「別に何もいらないよ。まぁ貰えるというのなら僕は君からなら何でも嬉しいけど」
だからそれが一番困るし!
『えー………、ロージーからだったらそこら辺の石でも喜ばれるんじゃあない…?』
「もぅ! ちゃんと聞いてよシェリー!」
ローズマリーの目の前で、フワリと浮かんだシェリーは書庫の小さな机に置かれた本をぺらぺらとめくりながら言う。
今の自分の体の状況に慣れてきたのかシェリーは色々出来るようになった。触れるわけではなく力を使って。
そう! シェリーは優秀な魔女だもの。
ではそんなシェリーがさっきからわたしの話などそっちのけで本を眺めて唸る理由は。
「ねぇ、さっきから何調べてるの? 何か作る? 手伝うよ?」
『禿げる薬』
「あー……」
それは……、優秀さの使い道を間違ってる気がする。
呆れた顔で眺めていれば、一段落ついたのかシェリーは本を閉じてやっと顔をあげた。
『そんなに悩むなら別にあげなきゃいいんじゃない?』
「そんなわけにもいかないよっ」
『何で? お礼だけでいいじゃん? 伯爵だって何も言わないよ』
確かにその通りだと思う。トリスタンだって別にいらないと言っていた。けど。
「わたしが――。……あげたいと思うんだよ」
きちんとした形で。受け取って欲しいと。
まだちゃんとした理由を自分自身の中に持てなくても。
『……………………、ふーん…?』
「――な、何?」
『ううんー、何でもないよ?』
何か言いたげに細められた赤い瞳は、ローズマリーの瞳と合うと更に細くなる。まるで三日月のようだ。
『まぁ、もう少し頑張って考えてみれば?』
「ええー! シェリーそんなぁー」
この時期は夏野菜の種蒔きで忙しい。トマトにキュウリにナス、そら豆やえんどう豆。そしてわたしの好きなコジェットにハーブ達。その他諸々。
南に面した菜園で、採っておいた沢山の種の植え付作業中のナルと、冬の間ほったらかしだった畑を人型で耕してくれているヴァルの側で、ローズマリーは春の日差しに伸び始めた雑草をむしりながら二人にも尋ねる。
「何を渡したらいいと思う?」
「はぁ? そんなの本人聞けばいいじゃん」
「聞いたの! 聞いた上で尋ねてるんじゃないっ……」
「――ああ…、何でもいいって?」
「うん……」
もちろん答えてるのはナルだ。ヴァルは黙々と畑を耕す。
ちなみに、ヴァルは今年ずっといばらの森に居てくれるという。
「無難なとこでネクタイとかカフスとか……」
「でも、そんなのって難しくない? わたし流行りとか知らないし」
「まぁ、そうだよねー」
粗方終わった草むしりに、手袋を脱ぎ捨てると花壇の縁に腰かける。
「人にプレゼントするって難しいね…」
頬杖をつきため息を吐いたローズマリーに、珍しくヴァルがひとつの提案をする。
「裏庭に、もうひとつ小屋があったろう? そこをやつにやればいい」
「――ん? 小屋?」
鍬を振るう手を止めてそんなことを話すヴァルをローズマリーは怪訝に見る。
裏庭にある鳥小屋兼作業小屋、その更に奥に使っていない小屋がある。もともとは厩舎であったと思われるが今は何もないただの空き屋だ。
「何でそんなのがトリスタン様に必要なの?」
何だろう? ああ、魔導具ってやつの作業場か? と、思ったけどヴァルは不思議なことを言う。
「やつの毎朝の日課だ。天気が悪かろうが屋根があれば出来るだろう」
( ――んん? 日課? )
トリスタンの日課と言えば、天候の悪い時以外はほぼ毎日続けている朝の散歩のことだろうか?
でも、散歩だよね?
「建物の中で散歩するの?」
「散歩……? やつがしてるのは鍛練だぞ?」
何を言ってるんだ? という顔のヴァル。
「たんれんって?」
尋ねたところ、トリスタンは毎朝散歩ではなく、森の中で体を鍛える為のトレーニングをしているのだと言う。
( え……、何それ? )
いつでもなんて事ないと飄々とした態度のトリスタンは、どう見てもそんな努力とか忍耐とか、自分の体を酷使することは無縁そうなのに。
……ちょっと意外だ。
まぁ別にそれは使ってくれてもいいと思う。どうせ空いたままだし。けどプレゼントとはちょっと違う気がしないでもない。
ローズマリーは頬杖姿のまま再び唸る。
「うーん……。どうしよう………?」
結果――、何も用意出来ないまま当日を迎える。




