53.終わり良ければこともなし
「――それで? どういった理由でローズマリーを連れ去ったのか教えてもらっても?」
少しだけ困惑の渦中にいたローズマリーは、再び聞こえた冷ややかな声にハッと我に返る。
そんな声とは裏腹にトリスタンはいつものにこやかな笑みを――、……いや、わたしに向けるものとは別の、暗い圧のある笑みを男に向けていて。
もちろんピストルは男のこめかみに充てがわれたままだ。
「ロ、ローズマリー…? ――あ、ああ…その平民の女か」
「平民?」
「そ、そうだろう! 見た目は極上だろうが口の聞き方もなっていない!
そもそもお前が隠すということはそういうことだろう! ああ、そうだっ、私は公爵家の一員だぞ、伯爵だ! 平民の女なぞどうしようと構いやしないんだ! お前だってそのつもり―――」
「おい――、」
今まで以上に低く、凍るような声が男の言葉を遮る。
トリスタンの笑みが消える。
「ちょっと黙れ」
「――――っ!」
男は息を飲む。
そしてローズマリーは呆れる。
何故この状況で、わざわさ事を荒立たせるようなことを言うのだろうか、この男は。
それにしても。確かに遥か昔は王女であったが、今は平民であることに違いはないわけで。
どこがその琴線に触れたのかはわからないが、今度は初めて見る明らかな怒りを露わにしたトリスタンが、その手に握ったピストルの引き金を引くのを止めなければと。ローズマリーは身を乗り出そうとして。
だけどそれよりも早く飛び出していった小さな影。
『――殺す! 絶対殺す!! 呪いころす!!
伯爵!こいつの名前とか詳しい情報わかるよね! ああ、媒体がいるか……っ!
ちょっと伯爵! こいつの髪でも血でも目玉でも何でもいいからとっちゃってよっ』
「――はっ!? うわっ!!なんだコイツ……っ! おい、やめろ! ……ってか、喋ってる!?」
『うるさい!! 人間だって喋るんだから、鳥だって喋るよ!!』
いやシェリー、それはどうかと?
怒りに駆られ丸く膨らんだ小鳥が男の顔面を突こうとし、それを庇う男。
そんな攻防戦にトリスタンもさすがに虚をつかれたのか、男に向けられていた銃口が外れる。
『大体ね、ロージーがあんたになんか釣り合うと思うの!? 鏡ある!? 同じ爵位だってんならそりゃーこっちの伯爵の方がいいに決まってんじゃん! そもそもっ!人間の分際でロージーに手を出すなんて……、馬っ鹿じゃない!?』
うん、何だかとってもズレてきてるよね?
そして大きなため息がトリスタンの口のからも零れる。
だけどそんなことも気にすることなくまだ交戦中のシェリー。
『ねぇっ、伯爵ってば!! 聞いてる!? さっさとこのおと――――……こっ!?』
伸ばされた腕がその小さな体をむぎゅっと捕まえて。
ローズマリーへと渡る。
「ロージー、邪魔だから捕まえといて」
「あ………、はい…」
『――ちょっと!? 邪魔って何!?』
「まあまあシェリー、少し落ち着いて」
渋い表情のトリスタンから手渡されたシェリーを両手で包み、まだ憤りで膨らんだままの小鳥を宥める。
「大体わたしは何とも思ってないし、シェリーが危ないことする方が嫌だよ」
『そ………っ、……その言い方はズルくない!?』
「ふふ、だってホントのことだもん」
『もうっ! わかったよ! でも髪の毛ちぎったからハゲる呪いはかける!』
わたしの手の中から肩へと戻ってそう息巻くシェリーに「あはは」と笑ってから、また馬車の入り口へと視線を向ける。
こめかみから逸れた銃口に、どさくさに紛れ外へと出た男は道に転がり落ちて。トリスタンはそんな男を見下ろし口を開く。
「このことは女王陛下を通して公爵に苦言を呈させていただく」
「……は、何を馬鹿な…! 女王陛下がたかが伯爵のお前の話など聞くとでも!」
「……へえ。何をもってそれを言う? 最終的に僕に爵位を授ける事を決定したのは女王陛下本人だぞ? それに、とても、懇意にしていただいているが?」
「なっ………!」
女王陛下ってブリテジアの一番偉い人だよね? そんな偉い人と懇意とは。 うーん……、あれかな? やっぱり顔かな?
そんな事を思っていたらチラリとトリスタンがこちらを見たので直ぐに視線を逸らす。
じゃあ――と、話を纏めにかかるトリスタン。
「ついでだからこの馬車は貰ってゆく、請求は公爵家に送っておくから」
「はっ、何を言ってる!? それは私の馬車だ!」
「また新たに頼めばいいだろう―――では」
そのまま乗り込もうとするトリスタンを男が止める。
「ちょっと待て! お前、その女は魔女だろ? そしてその喋る鳥が使い魔だな! その容姿で人を誑かす魔女め!!
ティルストン伯爵、お前も騙されているのだろう!」
ホント、しつこいなー。
魔女なのはその通りだけど、誑かすって何よ?
『あいつやっぱり殺っちゃおう……』
可愛い小鳥がまたまた物騒な言葉をボソリと呟く。いい加減わたしも一言言ってやろうと思ったけども、トリスタンが先に動いた。
乗り込む途中であった体を反転させると、道に転がったままの男の前に屈む。
「ハロルド卿……、薬の過剰使用は幻覚を生むんですよ?」
「な、何を言って―――」
「楽しむのは結構だが、その薬は女王陛下が禁止していたはずだが?」
「…………」
「小鳥が話す? はは、何を馬鹿な。
いや本当に――、……幻覚は怖いですね? ハロルド卿」
こちらからは青ざめた男の顔しか見えないが、何となくトリスタンの表情も見える気がする。
全て知っているぞとばかりのトリスタンの言葉。適当に言った話かとも思ったが、男の顔色を見るにそうでもないのかもしれない。
現に男はもう何も言わず項垂れ俯く。トリスタンはそれを一瞥した後 馬車へと乗り込んだ。
話しは既についていたのか何も言わずとも馬車は一度ホテルへと戻り、そして帰路へつく。
『ううぅ……、結局本見れなかった…』
窓際で嘆く小鳥にローズマリーは謝る。
「ごめんシェリー、わたしのせいだね」
『なんで!? あれはあのくそヤローのせいじゃない!』
「そうなんだけど……」
『まぁ、それと伯爵様のせいだよね』
「僕が? 何故?」
急に振られた話にトリスタンがにこやかに首を傾げる。
『だってあの男、伯爵に突っかかってただけじゃん。わたし達ってとばっちりじゃない?』
「確かにそうかも」
「いや、そんなこと言われても……。こちらではどうしようもないよね」
困ったように告げる割には、全くそんなふうに見えない男が言う。
『………なんかさっきから一人上機嫌だよね』
「だね」
結局わたしも苺のアイスクリームを食べ損ねた。その中、一人満足げな様子のトリスタンに二人して怪訝な思いを抱く。だから。
「なんですか? トリスタン様は何か良いことでもあったんですか?」
そう尋ねてみれば、麗しい顔でその通りだというように笑う。
「ああ。 僕自身の用事はとてもスムーズに遂行された上にその成果も上々だったからね」
「なんだ、やっぱり用事があったんじゃないですか。 それより、いつ用事なんてしてたんですか?」
「ん? 君との街デートがそうだよ」
「いや、デートって……」
そもそもただ共に歩いていただけではないか。
まだごまかす気か?と呆れれば、シェリーも呆れた顔つきで言う。
『ああ、なるほど。それで閉じ込めたくても閉じ込めなかったわけね。でもそのせいで変な男が出ちゃって……――って、やっぱり伯爵のせいじゃない!』
「うん、あれは想定外だったね。でもこれでいつまでもうるさいく面倒くさい外野も黙るだろう、ロージー相手じゃあ自分達が惨めになるだけだろうし」
『ロージーをダシ使うの止めてよね』
「君も本欲しさにそうしたよね」
『それはっ!』
なんだろう? わたしだけ仲間外れ?
二人して良くわからない会話を繰り広げている。でも。
まぁいいか。とローズマリーは馬車の外に目を向けた。
街の風景から今度は緑が増え始める。
どうなるかと思った初めての外出も、色々あったけど概ね楽しかった。たまにはこうゆうのも良いかもしれない。
『ねぇ、ロージー! 伯爵がね―――』
シェリーの声にローズマリーは視線を戻す。
でもしばらくは引きこもりたいけど。




