51.街に危険はつきものです
「うっわー…… 更にハードルあがってるじゃん……」
『だね。でも目的の為、頑張ってロージー!』
「シェリーずるくない?」
翌日マーケットが開催されている広場に着いて、昨日よりも凄い人の数に若干引き気味となるローズマリー。
「どうする? やめるかい? ホテルに戻ってのんびり過ごすとか、――ああ、少し遠回りして良い景色を眺めながら帰るとかの方がよくないかい?」
流れてくる人の波から庇うように寄り添い立つトリスタンが言う。
当人はどちらかと言えばマーケットには消極的意見の様子。確かに、行きたいと言っていたのはシェリーだ。
だから。
『折角来たのに!?』
ローズマリーの肩で小鳥が抗議の声をあげる。
それにトリスタンは片眉を上げて。
「別にいいだろう? なんなら君の買い物には僕が付き合おう。ロージーが行く必要もない」
『はんっ、魂胆が丸わかりだよね。ロージーを他人に見せたくないだけじゃん』
「そんなのは当たり前だろう? それに昨日のヤツにまた会う可能性だってある」
『それはそうだけど……。でもホテルにロージーを一人にするのも……』
「いや、ちょっと待って!」
ローズマリーは勝手に進む話に待ったをかける。
「何だかよくわからないけどちょっと待って。わたし、これでも一人で生きてきた時間長いんだよ? まぁ、ホントはシェリーが居てくれてたんだけども。 でも! ちょっと過保護過ぎない?」
その抗議は、だけどさらりと流される。
『えー、でもロージーだしー』
「まぁ、確かに……」
何でだ!? ひどい!!
「―――わたしっ、戻らないし!
行きますよ、トリスタン様! ほらっ」
「あっ……、ちょっ、ロージー!?」
むくれたローズマリーはトリスタンの腕を引くと、人混みの中に突入した。
そして―――。
「――ぅわ……っ、わわわわっ!! ちょ……っ!?」
でも直ぐに人の波に攫われ。
そんなローズマリーをトリスタンが引き寄せる。
「大丈夫かい? 無茶するから……。 お願いだから僕から離れないで。ここは特に人が多いから」
『特にって?』
人混みに。背の高いトリスタンの肩へと避難していたシェリーは、男の腕の隙間から「わっぷっ」と顔を出したローズマリーの頭の上にちょこんと止まりトリスタンを見上げる。
『何か特別なものが売ってるの?』
「え、何? 何の話? って言うか、トリスタン様もう離してもらっても大丈夫です――って!」
まだわたしを閉じ込め続ける腕からぐぬぬと抜け出したローズマリーはシェリー同様トリスタンを見上げ、それに少し残念そうな顔をしてトリスタンは答える。
「ここは魔導具やその為のエネルギー源、魔力を帯びた鉱石や燃料が売ってる場所だね」
『へぇー……』
「魔導具ってトリスタン様が作ってたやつでしょ? ……ふーん…」
「ホント君達って……。 まぁ、全部が僕ってわけではないよ。考案者ってもの多いし」
『うん、面白くなさそうだし、いいや。本のとこに来たら教えて』
シェリーは直ぐに興味を失ったのか、わたしの肩へ降り髪の中に潜り込む。
そんなシェリーに呆れた顔をするトリスタン。
「自分自身もその恩恵にあずかったくせに……? ――まぁいいか。 ああロージー、ここを抜けるまではちょっと窮屈になるけど我慢してね」
だけど直ぐに表情を戻すと、そう言ってわたしへと手を伸ばす。
折角抜け出たはずの腕に再び捕らわれ、その腕は背中をぐるりと周り反対へ。ぴったり隙間なく寄り添う。
うん、恥ずかしい。 嫌だとは思わないけどこれは恥ずかしい。
何となく体を離そうとしたらグイっと更に引き寄せられた。これ以上寄れないだろうに。そしてわたしを覗き込む。
「ロージー? ここを抜けるまでは――…ね?」
「――りょ……、了解、です…」
この人混みではそれが賢明だと判断する。
決してあのいつもの笑顔に屈したわけではない!
相変わらず視線はある。だけど昨日よりか幾分ヒラヒラ度を押さえた服と、ブリムのついたヘッドドレスを着けているので然程気にならない。
共に歩くトリスタンはそんなもの全く気にならない様子で、並ぶ魔導具が何かを尋ねれば、ひとつづつその用途を説明してくれる。
「へぇ、便利なんですねー」
「そうだね、生活は格段に変わったよね」
「森の生活は変わらないですけども」
「まぁ……、実際その方が幸せなのかもしれないよ」
この男は魔導具に興味のないわたしによく苦い笑いを向けるが、そんな当人もどちらかと言えばその利便性に対してはそれほど興味を持っていない気がする。
「……トリスタン様がそれを言うんですか?」
「はは、そうだね」
ローズマリーの指摘にもトリスタンはただ笑うだけ。
「便利なのはいいことでしょ? ――あ、ホテルにあったテレフォン…、でしたっけ? あれなんか凄いじゃないですか! 離れた人と話せるなんて魔法みたい。ここからナルとも話せるんですか?」
「いや、無理だよ。あれはこの街の中だけしか繋がらない」
「そうなんだー。残念」
「欲しいの?」
尋ねるトリスタンにローズマリーは大きく頷く。
「遠くにいても繋がるなら」
「でも、君は別に遠くになんて行かないでしょ?」
「あ、………ですねー…。 でもっ、出掛けたナルに買い物頼むとか――…………」
いや、それしか浮かばない。
言葉をなくしたローズマリーに「じゃあ君の為に今度作ってみるよ」とトリスタンはやはり笑った。
「ねぇ、ロージーはアイスクリームって食べたことあるかい?」
「どんなのかは知ってますよ? ミルクのなら自分で作ったこともあるし」
「今の時期は苺のアイスクリームだよ」
「え!? ちょっとそれは食べてみたいかも! お店があるんですか?」
あれがそうだね。とトリスタンが指差す先。数人が露店の前に並んでいる。
折角だからと少し並んで、順番が来た。注文をするトリスタン。やっと解放されたローズマリーは他の客の邪魔にならないように脇に避けた。そして既に購入した客が持つその苺のアイスクリームを眺める。
苺というだけあって濃いピンク色をしていて、それは尖った三角のワッフルのような物の上に乗っている。
( あれも食べられるのかな? )
早く食べてみたいと、そう思いながら眺めていたローズマリーではあったが。
でも残念ながらそれは叶わない。
背後から伸びた腕がローズマリーの口を押さえる。
そしてもうひとつの腕は腰に巻き付き。
声をあげる間もなく、ローズマリーはそのまま路地の奥へと引きずり込まれた。




