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50.無自覚はある意味最強

「どうですっ! やりきりましたわ!」


 言葉通り、やりきった感満載のアンナの横、着飾られたローズマリーとその肩に止まるシェリーはげっそりとした顔で元の部屋へと戻った。

 隠れていたシェリーは着替えと共にアンナに見つかり、驚くどころか喜ばれ、わたしとお揃いのリボンまでつけられる始末。

 取っ替え引っ替えの末、やっと戻って来れたわけだが。


 アンナは熱心に、今ローズマリーが着ているこのピラピラして、フワッとした、シュッとなった服についてトリスタンに説明している。よくわからないがこれが今の流行りらしい。

 トリスタンはそんな飾られたわたしを見て緩やかに目を細める。


「まるで女神のようだね。とても綺麗だ」


 歯の浮くような台詞を口にして、近づいて来たトリスタンはローズマリーの目の前に立つと髪を一房手に取った。

 これはきっと出会った頃のあの秋の日と同じ。今はもう驚き逃げることはないけれど、恥ずかしさは変わらない。


 思った通り、トリスタンはそこに口づけを落とし、絶対に赤くなってるだろうわたしを眺める。

 そして、甘く甘く紫の瞳を揺らめかせて、トリスタンはローズマリーに囁くように告げた。


「でもこれじゃあ外に出したくなくなるな。 ……――ねぇ、ロージー、閉じ込めてもいいかい…?」


「―――なっ!?」

「んまー!!」

『う、わー……』


 見事な三者三様の反応。


 クスリと笑ったトリスタンは髪を解放すると、そのまま今度はローズマリーの手を取る。


「まぁ、それはさておき。ジョージ、アンナに後何着か見繕っておいてもらえるかい。明日の昼までは直ぐそこの南広場前のホテルに部屋を取ってるから」

「わかりました。ローズマリー様にお似合いのものを選ばせていただきますよ」

「ああ、よろしく」

「え? あっ、トリスタン様!?」


 引かれるままに、ジョージとアンナに頭を下げて店を出た。再び通りをトリスタンと共に歩く。

 馬車を降りた時以上の視線が二人に向けられていることに、だけどローズマリーは気づかない。しかもその大半が、今はローズマリーが占めてることなど。


「トリスタン様、服って! わたしそんなにいらないですよ! それにこれもちゃんと払いますからね」

「だめだよ、ロージー。これは僕の特権なんだから。君だろうとそれを奪う権利はないよ」

 

 立ち止まることなく、何故か急かすような足取りのままトリスタンは告げる。


「はっ? 何ですかそれ? そういうわけにはいかないです!」

『いいんじゃない? 別に』

「もうっ、シェリーまで!」


 しれっとした顔(?)で言うシェリーをキッと睨む。


「じゃあプレゼントだと思って。 これまで祝ってこれなかった君への誕生プレゼント。これでいい?」

「いいって……。 それならっ、わたしもトリスタン様にプレゼントします。いつですか?」

「僕の? うーん、来月の8日だね」

「え? 直ぐじゃないですか!」

「だね」


 今は3月初めだ、あまり吟味する時間はない。それならばマーケットで選ぼうかと手を引かれながらつらつら考え歩く中、ローズマリーはふと気づく。

 泊まる場所は直ぐだと言っていた。割には大分歩いている気がする。


「どこかに向かってるんですか?」


 マーケットは明日だと言っていたはずだ。

 人の視線が少しまばらになった往来で、トリスタンはやっと立ち止まり振り向く。


「夕日が綺麗に見えるとこがあるんだよ」

「夕日?」



 そして連れて行かれたのは街を流れる川に架かる橋の上。石で造られた立派な橋だ。

 沈む太陽に川がキラキラと赤く染まる。


「うっわー、綺麗! 見てシェリー! シェリーの色だよ!」

 

 ローズマリーは欄干に止まったシェリーに満面の笑みで言う。


『そうだねー……』


 でもそこはわたしじゃなくて……。と、ボソボソと呟くシェリーは微妙な顔で。やはり小鳥って表情豊かなのだなと思うローズマリーを余所に、シェリーはそのままの表情でトリスタンを見上げる。

 釣られて見上げればトリスタンもシェリーと同じような顔付きだ。何で?


「うん…まぁ……、ロージーが喜んでいるのならそれでいいよ」

「喜んでますよ? ありがとうごさいます、トリスタン様」


 思ってたよりも綺麗な光景に笑顔でお礼を言えば、


「下げてから上げる……それも狙ったわけじゃなく……っ」

 と、トリスタンは片手で自らの視界を塞ぎ上を仰ぐ。

 

 え、何、わたしなんか変なこと言ったっけ?


「トリスタン様、それじゃあ夕日見えないですよ?」


 怪訝に話しかけるそんなわたしの声に反応したのはその本人ではなく。




「…………トリスタン…? トリスタン・グレイフィッツ?」



 後ろから掛けられた声に、トリスタンは今度は直ぐに反応した。


 わたしを背に隠し、振り返る。


「――ああ、やっぱり。その麗しいご尊顔はティルストン伯爵様ではないですか」

 

 トリスタンに隠されて姿は見えないけど声からするに男だ。しかも何だかとても嫌な物の言い方だ。

 どんなやつか見てやろうと、顔を出そうとしたら低い声で窘められた。


「じっとしていて」

『だね、今はその方がいいよ。あまり()()()()()()()()だから』


 ローズマリーの肩へと戻ったシェリーがそれに倣う。

 でもその二人が警戒する男は残念ながらわたしに興味をもったようだ。

 

「へーえ、珍しいじゃないか? 伯爵様が女性と共にいるとは。

 言い寄る女性をことごとく袖にして来た色男が側に置く女性だなんて…、物凄く興味があるのだが? ――ああ、それとも今宵一夜の商売女か?」


 男の言葉にトリスタンが忌々しそうに舌打ちをする。


「そういう下衆な勘繰りは止めてもらえないでしょうか。彼女はそんなのではありません、不快ですね」

「ああすまない。では一体何なのだろうか?」

「ハロルド卿、すいませんが今日は先を急ぐので」

「はは、隠すんだますます興味が湧くね」


 いや、こっちも興味を湧くよ。しつこいし。


 ローズマリーはハロルドと呼ばれた男を何とか見てやろうと試みるが。それを察してか、トリスタンは器用に背を向けたまま手を回わし、くるりとわたしを回転させて。

 そのまま肩を引き寄せガッチリと固定すると「では、また」と、さっさと男に背を向けた。




『……………何、あれ? 最悪だね』


 シェリーが嫌悪感丸出しで言う。


「筆頭公爵家の次男だよ。やつ自身も伯爵ではあるけれど。それと我がグレイフイッツ男爵家はやつの子飼だ」


 トリスタンは久しぶりの、また吐き捨てるような口調だ。


 ローズマリーは二人に気づかれぬよう首を少し反らし無理矢理視線を後ろにやる。まだこちらを見ている男女が見えた。


 なんだ、恋人連れでこちらに突っかかって来たのか? 

 馬鹿な男だ。女性同伴でトリスタンと向かい合うなんて。御愁傷様、きっと直ぐにフラれるだろう。


 そんな男の顔をよく見てやれば、やはり苦い顔で。 

 視線を戻す時微かに、瞳が絡んだ。気がした。

 

 でもローズマリーは直ぐに前を向き、そんな些末なことは忘れた。

 だってどうでもよかったから。




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