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49.流されるまま流れるまま

 荷物は馭者が今日泊まる場所に運んでくれると言う。

 去ってゆく馬車を名残惜しく見つめるローズマリーを、「――さ、じゃあ行こうか」とトリスタンが現実へと引き戻す。


 引き戻された現実。街の雑沓の中、今置かれている自分の状況にため息ひとつ。


「大体、何でこんなとこで降りるんですか…? 馬車で泊まるとこまで行けばいいじゃないですか……」


 愚痴るローズマリーに、笑顔のトリスタンが、笑顔(?)の小鳥(シェリー)が、言う。


「まぁいいから、いいから。ちょっと寄り道するだけだから大丈夫だよ」

『そうそう、大丈夫、大丈夫』


 何でそういう時だけ息を合わせるの?

 トリスタンとシェリーをジト目で見る。


( そもそも、全然大丈夫じゃないじゃん! )


 馬車を降りた瞬間から向けられる視線の数々。 そりゃそーだ、トリスタンがいるのだから。

 この男は自分の容姿を理解しているはずなのに、日常茶飯事で最早気にも留めないのか。 でも巻き込まれるこちらは堪ったもんじゃない。シェリーは全く気にしてないようだけれど…。


 見れば、女性だけでなく男性もチラチラとこちらを見ているではないか。

 それもそれでどうなのだと、隣に立つ男のそんな麗しい顔を見上げれば、何故か少し眉間にシワを刻み周囲に視線を送っている。

 やはりちょっと鬱陶しかったのか?

 

 不意にトリスタンがわたしを見下ろした。眉間のシワが気持ち深くなり、そしてわたしのケープコートのフードを持ち上げるとバサリと被せた。


「ちょっ! 何す―――」

「しばらく被ってて」


 事後承諾!? いや承諾してないし!


 だけど。

 フードのおかげで周りの視線は気にならなくなった。

 肩から追い出されたシェリーは一度飛び立った後、再びフードの隙間に止まる。


『ああ、びっくりした。やだね、男の独占欲って』

「大丈夫、シェリー? 何、独占欲って?」

『それ以上見せたくなかったんでしょ』

「ああ、これ? そうだねおかげで周りの視線が気にならなくなったよ。でも独占欲って?」

『…………………』


 何とも言えない顔でシェリーがこちらを見る。小鳥ってこんなに表情が豊かなのかと感心していれば、トリスタンがわたしの手を取り自ら腕に添える。


「ここに立っていてもしょうがない。さっさと移動しよう」


 半ば強引に歩き出し、肩の上の小鳥は小さく呆れたように呟く。


『ほんのちょっと同情するかも……』







 時間も時間だからと先にお昼をとる。

 トリスタンが用意してくれたのかそこは個室で、ゆっくりと食事をすることが出来た。食事中も目の前に微笑む男が居ることには――。…うん、もう慣れた。

 

 そして次に連れて行かれたのは。


「これはグレイフィッツ様。お久しぶりです」


 そうトリスタンに声をかけたのは初老の男。まるで執事のような雰囲気と出で立ちではあるが、訪れた場所にはスーツやシャツなどの服が並ぶ。いわゆる仕立て屋(テーラー)か。

 

「ああ、ジョージ急にすまないね」

「いえ、構いませんよ。ところで――、後ろのお嬢様(レディ)は?」


 男の視線がこちらへと流れ、途端にビクッと身を強ばらせるローズマリー。

 だけどその視線に嫌なものはなく。

 ローズマリーはおずおずと少し前に出ると、小さくカテーシーをする。


「初めまして、ローズマリーです」

「おやおや、これは……。 可愛らしいレディ、私はここでテーラーをしていますジョージと言います。以後お見知りおきを」


 顔上げたわたしを見てジョージは優しく笑い、またトリスタンへと視線を戻す。


「隅に置けませんねー。何ですか、見せびらかしに来たのですか?」

「はは、そんなとこだよ。ところで、夫人が女性の服を取り扱い始めたそうだね」

「ああなるほど。そういうことですか。 では呼んで参りましょう、しばしお待ちを」


 全て心得たとばかりにジョージは奥の扉へ消え、次に顔を出した時には、お洒落な服を纏った、けど何となく迫力のある少し年嵩の女性を伴う。

 一人状況が読めず戸惑ったままのローズマリーを残し、トリスタンは新たに現れた女性に話しかける。


「お久しぶりですね、ミセス・フラン」

「あら伯爵、アンナで構いませんよ。相変わらずいい男ですわね。

 ――で、こちらのお嬢さんね」


 自らアンナと名乗った女性はズイッとローズマリーへと近づく。

 さっさとことを進めようとするアンナにトリスタンは少し苦笑して、その勢いに一歩下がったローズマリーの後ろに立つ。


「ええ、お願い出来ますか?」

「もちろんよ! こんな良い逸材いないわ! 着せがいがあるってもんよ!」

「……え? な、何?」

「しかし伯爵ったら、こんな可愛らしい恋人がいらしたのね! そりゃー他の女性になんて靡きもしないわけだわ!」

「は!? え、こ、恋人?」

「ローズマリー以外に靡くなんてあり得ない冗談だ。いや、冗談にしてもあり得ない。それくらい僕は彼女に夢中なんですよ」

「あらっ! まぁまぁまぁ!!」


 いやいやいや、何言ってるの?

 訂正しようとしたローズマリーだったけど、乙女のように頬を赤らめ興奮したアンナがガシッとローズマリーの腕を掴む。


「お任せくださいっ伯爵! 更に素晴らしく美しいレディに変身させてみせますわ!」


 アンナは鼻息荒く息巻くと、先ほど出てきた奥の部屋へと、慌てふためくローズマリーを引きずって行くのだった。

 

 ちなみに、シェリーはアンナのそんな勢いに(おのの)いてフードの中でじっと息を潜めていた。 シェリー、ずるいよ。



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