48.マイフェアレディ
カタコトと、走る馬車から見える景色は代わり映えもなく。どこまでも広がる緑。その緑の中に時折 村だろう密集した建物が見える。
すれ違う人もまばらで、皆通り過ぎる馬車に珍しげに視線をむけるが、それだけ。
単調な景色に欠伸がでる。
そんなローズマリーの向かいから小さく笑う声。
「眠いなら寝ててもいいんだよ」
目の前で座るトリスタンがローズマリーを見て言う。
先ほどからその代わり映えのしない単調な景色を眺めている理由はそれだ。
視線を正面に向けてしまうと、迎えるのは男の甘く柔らかな笑み。それが常に向けられているのがわかるから。
確かに。寝てしまえばその視線も気にならなくはなるのだけど。それもそれでどうなのかと。
( 寝顔を見られるわけじゃん…… )
まぁ、それも今更だけども。
「大丈夫ですよ。外を見てるのも楽しいし」
「そう? ずっと同じ景色ばかりだけど?」
「いいんですよ! ――それよりっ、ホントはプレタで用事があるんじゃないんですか?」
急に決まった日程に何となくそう尋ねれば、トリスタンはにっこりと笑い「ないよ」との答え。そして。
「デートだって言ったでしょ? まぁ、ちょっと余計なものが着いて来ることにはなったけど」
そう言って視線はわたしの膝の上へと落ちる。そこには丸くなって眠るロビンのシェリー。
起きていたらまたひと悶着起きそうな台詞にため息を吐く。あくまでもデートだと言いはるらしい。
トリスタンの真意は、未だにどれもよく読めない。
引きこもりのわたしに他の人の心など読めないことは重々承知だけども。でも、彼がわたしを好きだと言ったことを今はもう疑うことはない。それはトリスタンがわたしを見る瞳を見れば。
だけど全てを信じるにはまだ至らない。
( トリスタン様はわたしをどうしたいんだろ? )
トリスタンはまだわたしを見ていて、改めて視線を合わせればアメジストの瞳は緩やかに細められ、柔らかい笑みが口元に浮かぶ。
気恥ずかしさに直ぐに視線を外し、また外へと目を向ける。
( ホント、どうしたいんだろう…… )
ガタンッ――と、揺れた衝撃で目が覚めた。
( ってか、寝てるじゃんわたし! )
ついでにそれで意識も覚醒した。
同時に、目の前のトリスタンがクスリと笑い「大丈夫?」と尋ね、横からは「ロージーってば寝すぎだよ」と小鳥の声がする。
さっき人の膝の上でずっと寝ていたのは誰だと、声の方へと目を向ければ、シェリーは馬車の窓縁に止まっていて。その窓の向こうに見えた景色にローズマリーは目を瞬かせる。
景色がすっかり変わっている。
何処までも続いていた緑は姿を消し、今は石畳の道を行き交う人の波とズラリと建ち並ぶ建物。
ローズマリーはシェリーの後ろからそんな窓の外を眺め。
『うわー!』
「うわー……」
同じ言葉を全く正反対のテンションで言う。
その様子を、あはは。と可笑しそうに笑ったトリスタンは、更にわたしの後ろから窓を覗き込んで。
「ここはまだ街の入口だからね。中心街はまだ先だよ」
「え!? まだ人が増えるの?」
「だよ。 まぁ、通りも広くなるから少しマシかな」
「はぁ……」
言われるように、中心だという方に近づくにつれ道は広く街並みは整然としていき、見上げるような大きな建物も増えてきた。歩く人々も皆 春らしく華やかな雰囲気で、ローズマリーは徐々に気後れしだす。
「ううぅ。 シェリー…、わたしもう帰りたい」
『何言ってるの? 着いたばかりじゃない。まだ馬車から降りてもいないし』
「降りなくてもいいよ。ほら、もう堪能したし」
『してないよ。わたしの目的はマーケットだもの』
そうだった。その為に、そのせいで、今ここにいるのだった。
でもだ。急にこんな都会の人混みに混ざれという方がムリじゃないか? 二百年も引きこもってたわたしにはハードルが高すぎると思う。
ローズマリーは何とか引き返す方向に持っていこうと言葉を紡ぐ。
「でもね、ほら……、そうっ! みんなお洒落じゃない、わたしきっと流行とかからズレてるだろうし。 こんな田舎者丸出しはきっとあれだよ! だからね――」
『だってさ、伯爵様』
「――ん?」
何故、トリスタン様に振る?
振られたトリスタンは何事もなくそれを受け取り。
「ロージーならどんな格好でも可愛いと思うけど、君が気にするんなら……、そうだね丁度良い、ここで降りようか」
「――んん?」
ちょっと待って、何故降りる方向に?
状況が読めずオロオロするローズマリーを置き去りに、トリスタンは馭者に合図を送り馬車は止まった。そして先に馬車から降りると馭者と何か話しているようだ。
開けられたままの扉の向こう、街の喧騒がダイレクトに感じられる。
「ど、どうしよう……、シェリー…」
『どうにもならないし。 伯爵に任せておけばいいよ』
「任せるって何を!」
「ロージー? どうかした?」
その伯爵が馬車の外から顔を出す。
「いえっ、何でもないです! シェリーとちょっと打ち合わせを……」
『打ち合わせって……』
呆れた声で呟く小鳥はでもそれ以上は何も言わず、窓から離れるとローズマリーの肩に止まる。そしてまた差し出される手。
「――さぁ、マイフェアレディ」
そんな台詞もトリスタンが言えば様になる。
ローズマリーは最早あきらめの境地となり、万全の笑みで迎えるトリスタンの手を取った。




