46.脱・引きこもり宣言?
2月に入った2日。今日はイモルグだ。
豊穣と火の女神ブリギットを祝う日。それは春の訪れを祝うもの。とは言えども外はまだ雪に覆われていて暖炉に火は欠かせない。
ユールの時は寝込んでいたので今度こそはと小さな祭壇を作り、必要な物を揃えてゆく。
リースのようにしたブリギット十字架、藁で編んだ女神の人形、お香はシナモンとバニラ。蝋燭はユールの時にトリスタンからもらったものを立て、ミルクとハチミツの入った器を置く。
同時に厨房から流れてきた良い匂いに顔を出せば、ナルが窯から丁度ケーキを取り出すとこ。
「どう? 上手く焼けた?」
「まぁ、上々じゃない?」
焼いていたのはレーズンたっぷりのパウンドケーキ。これも祭壇に飾るものだ。それを切り分けているナルに尋ねる。
「そう言えばシェリーは?」
「今日は天気がいいからってコンサバトリーにいたよ。伯爵とボードゲームをしてた」
「トリスタン様と? ……へえ」
珍しいこともあるもんだ。なんせ、あまり仲がいいとは言えない二人なので。
しかし大丈夫だろうか? 一度見てこようと、ついでに切り分けられた出来立てのケーキを持って行くことにする。
そして近づくにつれ聞こえてきた声。
「約束は約束だよね?」
『―――っ! わかってるよ!』
何だろう?と面するガラス窓から覗けば、テーブルを挟み向かい合う二人。トリスタンはいつものように飄々としているが、シェリーは何だか不機嫌なようだ。
「どうしたの?」
コンサバトリーの扉を開き尋ねるローズマリー。
『あ、ロージー!』
こちらへ向かって、(実際には浮いているが)駆け寄るシェリーに、「え? 何? どうしたの?」と慌てれば。
「チェスをね、してたんだよ」
答えたのはトリスタン。なるほど、テーブルの上にはチェスボードがある。
「ああ、シェリーが負けたんですね」
『だってズルいんだよ! 弱い振りしてさ!』
「油断を誘うのも一種の手だろう」
『ただ賭けの為じゃない! だから最初は弱い振りを―――』
「かけ? ……って、賭け?」
怪訝なローズマリーの声に、ハッと口を押さえるシェリー。それを見て半眼になれば、シェリーは更に気まずい顔で目を逸らす。
それで何となく確信する。その賭けはわたしに関することだと。
ならばと、もう一人。ケーキを乗せたトレイをチェスボードの横に置き、座るトリスタンを見下ろす。
「何を賭けたんですか?」
だけどトリスタンは、わたしのそんな視線なんてどこ吹く風。
頬杖を付き正面から受け止めた上ににっこりと笑い。そして発した言葉は。
「ロージー、ちょっと街に出てみないかい?」
「……………………………は?」
「もう少し雪が溶けたらだけど、どう?」
「――はっ!? いや、どうって……。 賭けの話ですよね!?」
「そうだよ。これは賭けの話」
「………はい?」
どうゆうことだ?と再びシェリーを見る。
シェリーは自らの指を絡めるようにしながら上目遣いで。
『いや…、あのね、この人がロージーと街に行きたいって言うからね、だから、わたしに勝てたらって……』
「………シェリー……」
『いや、違うの! ほらっ、最初はわたしが勝ってたのだからねっ! あのねっ……――ね?』
「ね? じゃないよ!!」
『だって! 伯爵がズルいんじゃない!』
「ズルいって、それは賭け事の常套手段でしょ! ってか何? わたしが街に出るって」
「デートだよ」
「―――はっ?」
急に横から加わった声に怪訝な声と顔を向けたローズマリー。その声の主は相変わらずのにこやかな顔で言う。
「君の半身も帰って来たのだし、ちょっと街に出てみるのもどうかなって? ずっと外に出ていないでしょ?」
ずっとどころか、生まれてから一度も街など出たこともない。城から眺めていただけだ。
「それはそうですが……、行かないですよ?」
それより本人の預かり知らぬとこで勝手に人をだしに賭けをするってどいうことだ。
口をへの字にトリスタンを睨むも、やはり男に効くことはなく。逆にそんな顔も可愛いねと言われる始末。どうしろと!?
ぐぬぬと顔をしかめるローズマリーに、トリスタンはわたしの返事など聞いていないかのように話を続ける。
「王都はちょっと遠いからやはりプレタがいいかな。3月にもなれば雪も無くなるだろうし、大通りの建物は一斉に窓辺に花を飾り出すんだよ、それはもう見事に」
「いや、聞いてます? わたし行かな―――」
「ああ、それからマーケットも色んな所で開かれるんだ」
「だからわたし行―――」
「春は新作のお菓子が各店競い合うように発売されるしね」
「……………」
どこまでもわたしの言葉を遮るつもりのようだ。でも負けるものかと口を開いたローズマリーにまた重ねるように、「あ、そうそう」と。何故かチラリとシェリーに一度視線を送ってからトリスタンは言う。
「マーケットには書籍も結構並ぶんだよね、絶版書とか古書とか……」
『え!? そうなの!?』
( そうきたか!! )
食いついたのはシェリーだ。
『じゃあ、ジルベール・ヴァロアの「革命における犠牲、象徴としての死」とか、アントン・ドーナスマルクの「マイスター・ペーター・ヨルク」とかもあるってこと!?』
全く聞いたこともない本の名を嬉々として語るシェリー。
そう、シェリーは本の虫だ。トリスタンの魂胆が直ぐに分かりローズマリーは苦虫を噛み潰した顔となる。だって――。
「そうだね、それはわからないけど。 幾つも店が並ぶから聞けばどこかにはあるんじゃない?」
トリスタンの返事を聞き、振り返ったシェリーが赤い瞳をキラキラさせてローズマリーに言う。
『ロージー! わたしマーケットに行ってみたい!』
………うん、だよね。 そうなるよね。
しかもそんなキラキラした瞳のシェリーを見て断れるわけないじゃん。
「じゃあ、決定でいいね?」
笑顔で念を押すトリスタンに、「……ソウデスネ」とローズマリーは力なく頷いた。




