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44.解けて蕩ける

 そのままズルズルと連れられヴァルの向かいのソファーへと座らされる。

 何だかわたしの扱い酷くない? とジト目で見るも、トリスタンは気にした様子もなく。わたしの背へと回るとサイドテーブルを自分の手元へと引き寄せ何やら準備を始めた。

 そしてそれが終わると。


「――さ、ロージー、じゃあちょっと背凭れに身を預けて。 顔を仰がせる感じで」

「は? ………何するんですか?」


 その言葉に怪訝に背後を見上げたローズマリー、さっきと同じ言葉が口をつく。

 だけど今度は質問が返ることなく、トリスタンは「ん?」という顔で口角をあげる。


「マッサージだよ」

「マッサージ?」

「そう、むくみを取るには血行を良くしたらいいんだ。ほらっ、だから顔を仰向けて?」

「いやちょっと待っ―――て………」

 

 止めようとする前に「ほら」と再び言われ、ポフンと温かいタオルらしきものが目元に置かれた。


「どう? 熱すぎない?」

「………… ………… ………いえ…、大丈夫、です…」


 むしろ気持ち良い。じわっと温かく、つっぱっていたような感覚が解れる。


 だけどだ。 そういうことではなく。

 またもやの我が道を往く(ゴーイングマイウェイ)


 温度に馴染んできたところでタオルが外されたので、文句でも言おうとしたら直ぐに次のタオルがまた目元を覆う。



「――ハッ、冷たっ!?」


 さっきとは真逆の、冷たいタオルの感覚にローズマリーは声をあげるが、


「あ、ごめんね。でもちょっと我慢して?」

 咄嗟に取り外そうとしたローズマリーの手をやんわりと押さえたトリスタンが言う。 


「血行を良くするには、暖かいと冷たいを繰り返すのがいいらしいんだ。だからちょっと我慢して、……ね?」

「―――っ!」


 掛けられたタオルのせいで聞こえにくいだろうからの配慮だと思うが、いや、思いたいが。トリスタンは顔だけでなく声もいい。その声が耳元で囁く。


 ホント、止めてもらいたい。

 しかも視界を塞がれた状態で声だけとか。直接頭の中に響きローズマリーの心臓が跳ねる。

 色んな意味で火照っているだろう顔がタオルで隠れて見えないことが唯一の救いだ。

 そしてまた馴染んだところで暖かいものへと切り替えられる。その繰り返し。


 それにプラスして、いつからか、耳から首筋、鎖骨にかけて軽く押さえるように移動する指先に。そう言えばマッサージだと言っていたのを思い出す。そこにあるのはリンパ管だ。その流れを促しているのだろう。

 長き日々の中、一応魔女らしく人体についても勉強したのだ。

 

 それにしても。


( ああ……、ホントに気持いい )


 タオルの向こうでほわほわとローズマリーの思考が蕩ける。文句を言おうとしてたことや、首筋や鎖骨という微妙な場所に触れるその手が誰のものかも忘れるほどに。 そして向かいからはため息のようなヴァルの唸り声が聞こえた。






『ね、これって……もう完全に懐柔されてるんじゃない?』

「マリーって案外ちょろいからね」

『だね。引きこもってたことが寧ろ丁度良かったってことだよね。でもそのせいで……ねぇー…』


 半分寝かかった蕩けた思考の中でも、シェリーの声だけはスルッと耳に入った。


「ん……? あれ? シェリー?」


 まだ視界は塞がれたままだ。だから何となくで声を掛ければ、側でチッと微かな舌打ちが聞こえて、トリスタンが答える。


「気のせいだよ」

『そんなわけないでしょ!』


 速攻でつっこむシェリーの声。そしてローズマリーに向かって「どーお?」と尋ねる。


 ローズマリーは一番近くにある気配に、

「トリスタン様、もう外してもいいですか、これ?」

 と、自分の目元を指差し聞けば、小さなため息と共に「仕方ないな」の返事が返った。



 タオルが外される。取り替えられる間もずっと目を閉じていたので少しだけ眩しい。

 だけど眩しさにしかめた顔に違和感は感じない。

 

『うん、いつものロージーに戻ってるね』 


 そう言って横から覗き込むのは、その「いつも」と同じ顔であるシェリーだ。

 

「なんかとってもスッキリとしたよ。

 ――あ、ありがとうございます、トリスタン様」


 サイドテーブルを元へと戻していたトリスタンに笑顔でお礼を言えば、それを受けた男は一瞬時を止め、何とも言えない表情でわたしを見た。

 戸惑ったような、呆れたような、苛まれたような。


( …………? )


 何なのだろう? 正直気持ち良かったし、きちんと元に戻ったからお礼を言ったのだけど?


 気持ち首を傾げたローズマリーに、だけどトリスタンは直ぐに表情を戻し「どういたしまして」とにこやかに笑う。

 


『どうしよう、ナル。 わたしロージーの先行きがとっても心配』

「それは同感。でもきっとその張本人もそう思ったみたいだよね。だったら逆にその他の人に対してはいい抑止力になるんじゃない?」

『まぁ、そうなんだけどね。確かに見た目はいいからねー…』

「あ、でもマリーが外に出ることなんてないから他なんて関係ないか?」

『あー………。 うーん…、どうだろ…?』

「――ん?」


 わたしの名前が出た割には二人はトリスタンを見ている。そしてその視線の先の男は、二人の会話が聞こえてるはずなのに気にする素振りもない。

 すっかり意気投合したような二人を、やはり首を傾げて見れば、シェリーがこちらを見て若干呆れ気味に眉毛を下げた。


「ロージーはやっぱりロージーだね」

「………何よ、それ?」

「ううん、何でもないよ。あわよくばな思考も、気づかれなければただの善意だもんね」

「……………?」


 ますます首を傾げたローズマリーに、シェリーはまた「何でもない」と、苦笑を浮かべて小さく首を振った。




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