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43.そしてありふれるいつもの朝

 翌朝、目覚めてみたら自分の部屋のベッドの上で、隣でふわりと浮かぶシェリーが、起き抜けのわたしの顔を見て吹き出す。


『ロージー、すごいことになってるよ?』

「うん、知ってる」


 予想してたことだけど、そこまで笑うって酷くない?

 肩を震わせ笑うシェリーを見て、ローズマリーは口を尖らせる。



 でも、シェリーがいる。

 

 朝日に透けながらも、シェリーがいる。

 だから、泣き腫らしたせいの酷いだろう顔のことなんてどうでもいい。

 それで笑われていようとも笑顔のシェリーがいる。


 わたしと、共にいる。

 これは夢ではないのだ。



 そんなシェリーに釣られるようにローズマリーも口元を綻ばせ。その笑い声を聞きつけて部屋にやって来たのはナル。


 シェリーとトリスタンから大方の話は聞いたと言う。

 その上でこの前も懇懇と諭された主従関係について、またもや一頻り説教を言い終えた後、ベッドの上でうなだれるローズマリーを見下ろす。


「もう隠し事とかないよね?」

「……………… ないよ(たぶん)」

「………今の間は何?」

「か、考えてたんだって! あっ、デコピンはもう無しだからね!」


 ナルの半眼に慌てて身を引けば、大きなため息。


「今日はしないよ。だって顔凄いもん」


 今日はって言った!? 今度があるってこと? 主従関係とは一体!?

 

 でもそれよりも。


「え? そんなに酷いの?」


 と、二人を見れば、「――ね」というように顔を見合わせるシェリーとナル。なので直ぐにドレッサーで確認してみる。

 ……うん、なるほど。目だけでなく顔全体がむくんでいる。これはなかなかだ。


『こういう時は冷やすんだっけ?』

「温めるって聞いたけど?」

 

 昨日今日会ったばかりのはずなのに、とても自然な会話を交わす二人。それを聞きながら、冷やすにしても温めるにしても厨房に行かなければならないと。ガウンを羽織って階下に降りれば、居間の扉が丁度開く。


( ――!! ……ううっ、出来ればこのタイミングで顔を合わせたくはないんだけども…… )


 扉から現れた男。現状のわたしとは大違いで、朝からも麗しいトリスタンを見て一度部屋に戻ろうかと後退りしたけども。

 それは既に遅く、トリスタンはローズマリーに気づき一瞬驚いた顔をしたが直ぐにいつもの笑顔で言う。


「おはよう、ロージー。 今日も可愛いね」


 その一瞬で、すんっとした表情となるローズマリー。


 なんだろう。皮肉かな? この顔を見て可愛いと? でも最初ちょっと驚いてたよね?

 しかも今まで言わなかった言葉を急に言いだすなんて、皮肉を通り越しそれこそ嫌みにしか聞こえない。


「おはようございます。ていうか、明らかに今わたし顔酷いと思うので、それで可愛いとか言われても…。 あり得ないですよね?」

「そう? 僕にとってはどのロージーも可愛いから」

「……………はあ」


 思わず気の抜けた返事が出る。


 それでも再度口を開こうとして、でも男のキラキラしい笑顔を見てるうちにまた気が削がれる。 なので、まぁ、いいやとそのまま厨房に向かおうとしたら今度は呼び止められた。


「厨房に用事?」

「この顔を冷やすか温めるかしようかと」


 ふーん。と頷いたトリスタンは少し考える素振りを見せた後、にこやかに言う。


「じゃあ僕が用意するよ」

「? ……いや、いいですよ。自分で出来ますし」

「いいからいいから。ロージーは居間で座ってて。僕にさせて?」


 え? 用意だよね? 

 何でそんなにやる気なのだ?と訝しみながらも、返事をする前にさっさと厨房に行ってしまったトリスタンに、ローズマリーは仕方なく居間へと入る。

 その居間にはソファーで優雅に寝そべる先客がいて。



「ヴァル!」


 ローズマリーは、伏せたままチラリと視線をあげた狼に、勢い良くバフッとしがみつく。


 そしてぐっと首筋の毛皮に顔を埋め。


「あのねっ、あの……っ!………シェリーがねっ――」


 言いたいこと、伝えたいこと、話したいこと。

 それが一気に押し寄せる。


 今までの全てを知っているヴァルに、この気持ちを言葉にしたいと思いながらも。全てを知っている相手だからこそ口に出来ないもどかしさ。

 これは喜びで。でもそれを率直に口に出すには、ローズマリーの中にある罪の意識と心の整理がまだつかない。


 そんなローズマリーに、わかってるとでも言うように尾っぽが背を撫でる。


 狼のヴァルは何も言わない。けど。

 鼻面がぐいっと押し付けられてグルルと喉を鳴らすそれは、やはり「わかってる」と言っているように感じる。



 後日、人型の時のヴァルとの何気ない話の中で、いつもローズマリーの側にいる何者かの気配は感じていたのだと聞いた。


 それをシェリーだと知っていたのか?

 何故それを教えてくれなかったのか?

 敢えてそれは尋ねなかった。

 だってヴァルはわたしの罪も、その告白も聞いていた。安易は、逃げ道は、心を揺らす。言わないこと、あの時のわたしにそれは必要なことだった。

 でも突き放すことなく手を差し伸べてくれた。それだけで充分だ。



 この時点ではまだそんなことを知らないわたしは、撫でられるままにヴァルにしがみつき。だけど急にベリッと後ろに引き剥がされた。


「―――!?」


 何事かと振り向けば、笑顔のトリスタンがいる。

 そしてその手はわたしの腰を掴む。

 

 いや待って、一応これでもレディでなんですけど!?


「な……っ、何するんですか!?」

「むしろ尋ねたいのは僕の方だよ。 ――何、してるの?」


 羞恥と動揺で尋ねれば逆に質問で返されて。突然過ぎて動揺だけが取り残される。


 ローズマリーはパチパチと目を瞬かせ。

 

「――え? 何って……?」


 強いて言うならば。


「もふもふを堪能してる……?」

「――そう。 今度ロージーにはぬいぐるみをプレゼントするね」

「ん?」


 首を傾げるわたしの背後から、呆れたようなヴァルのあくびが聞こえた。




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