40.大団円にはほど遠く
タイトルに大団円とありますがまだ続きます。
「ロージーの声が好きよ。澄んだ鈴の音みたい」
「なにそれ、シェリーだって同じじゃん」
ふふ、そうだね。と、笑うシェリー。
同じに決まってる。わたしがそうならシェリーだってそうだ。
そんな、シェリーが鈴の音のようだと称した声が、しゃがみこんだままのわたしに尋ねる。
『ロージー……? 聞こえてるんでしょ? 顔をあげて?』
そうだ、ちゃんと聞こえている。少し違和感を感じはすれども。
だけど――。
「そんな……、……ない…」
そんなはずない。
ローズマリーは両手で顔を覆い首を振る。
これは幻聴だ。そんなはずがないのだ。
否定するようにただ首を振るわたしに。
『――もうっ、ロージーってば!!』
しびれを切らした強い声。
びくりと、ローズマリーは思わず顔をあげた。そして迎える驚愕。
目の前で、同じ顔をした少女がわたしを見る。
鏡ではない、だって瞳の色が違う。
それは綺麗な赤。いつかのわたしが、砂糖菓子のようだと思った、サクランボのようだと言った、二対の紅玉。
そんな馬鹿なと思う。だけどわたしが彼女を見間違うはずがない。だから、ポロリと零れ落ちる言葉。
「シェ……リー………?」
『――だよ、ロージー。やっと気づいてくれた!』
「………気づ…く…?」
思考と感情がさ迷ったままのローズマリーに少女がゆっくりと説明する。
『あのね、あの日 石に閉じ込められはしたけど、それは肉体だけでね。心は閉じ込められはしなかったの。だからずっとロージーの側に居たんだよ?』
「………ずっと…?」
『そうだよ。ロージーってば全然気づかないんだから』
「…………シェリー…が?」
『うん、そう』
「シェリー……?」
『…………なあに、ロージー?』
「シェリー」
『うん』
「シェリー……」
『……うん』
泣きそうな顔で笑う少女。それはシェリーだ。変わらないシェリーだ。
涙で歪む視界。ローズマリーは何度も少女の名を呼ぶ。
「シェリー! シェリー! シェリー!!」
感情が堰を切ったように溢れ出る。止めどなく。
ぐちゃぐちゃに絡まった感情を制御することが出来ず、意味のわからない言葉を口にし滂沱するローズマリーに。
受け止めたシェリーは何度も、ただ何度も頷き返した。
『ロージー、落ち着いた?』
問われたローズマリーはズビと鼻をすする。
「……うん、なんとか」
酷い鼻声だ。でも、そんなのどうでもいい。 だってシェリーがいる、シェリーがわたしの目の前にいる。シェリーが。わたしの大事な半身がここにいる。
だけど、シェリーの体は月の明かりに透ける。
心だけだと、シェリーは言った。
そうだろう。肉体はわたしの背後にある。石柱に閉じ込められて。
「………ごめんなさい……っ」
『……何、どうしたの? 急に』
「だってわたしはシェリーをっ」
『………ロージー、あれは貴方のせいじゃないって言ったよね? それと裏切るって何?』
「それは……っ」
ずっと側にいたのだと。それなら確かにさっきの話は全部聞かれていたのだろう。
いや、さっきだけじゃない。今までの全部。あの日からの全部。
その通りに。シェリーはそれを口にする。
『ロージー……、わたしはずっと見てたよ。見ることしか出来なかったから。だから謝るのはこっち。裏切るとか裏切らないとかじゃない、悪いのはわたし。結局、わたし自身がロージーをずっと苦しめた』
「違うっ、シェリー!」
『ううん、違わないよ。ロージーの幸せの為とか言いながら、わたしがしたことといったらロージーに罪悪感を植え付けてここに縛り付けただけ』
「そんなことない! わたしは自分がここに居たいから居るの! シェリーの側にっ」
『……ロージー……』
眉根を寄せてぎゅっと口元を引き締めるシェリー。向かい合うわたしも多分同じ表情だろう。
きっとずっと、わたしもシェリーも互いに自分を責める。そんな堂々巡りに。
「ねぇ、そろそろ話に混ざってもいいかな?」
落ちた低い声。
ああ―――。
………いや、思いっきり忘れてた。
「その顔は、僕の存在をすっかり忘れていたよね?」
シェリーの後ろに居たトリスタンが言う。
「そ、それは……」
咎めるような男の視線に、図星を指されて目が泳ぐ。
「仕方ないとは言え、だから嫌だったんだよ。手を貸すのは……」
君の一番はまだ僕ではないからと、ため息を零し、独りごちるトリスタンの言葉に首を傾げるローズマリー。
手を貸す? それは何のことだ?
だけどそれに返す声がある。
『貴方がもっと早い段階で手を貸してくれてたらロージーをここまで苦しめることはなかったのに』
「――は? よく言うね? そんなよく知りもしない相手に、ましてやロージーに関してで気軽に手など貸せるわけがない」
『わたしの姿を見ればわかるでしょ、そんなこと』
「姿がちゃんと見えるようになったのは今日で、声や姿で判断出来る場所ではないだろ、ここでは?
それに君には感謝はされても非難される覚えはないが」
『お礼は言ったわ』
「記憶にないな」
「いや、待って。どういうこと?」
やっと割って入ることが出来たローズマリー。きっと頭の上には大量の疑問符が浮かんでるはずだ。
だけど二人ともその疑問符は見えないらしい。
『ロージー! ちょっと顔がいいからってこんな男に流されちゃダメじゃない』
「なるほど、俺の一目惚れは顔だけでは成立しないんだとわかった。同じ顔だろうがロージーだから好きになったんだな」
いやいやいやいや、待って待って。
取りあえず二人とも顔の話からは離れよう? 今関係ないよね?
「二人は知り合いだったの?」
尋ねたら、そんなわけない。と直ぐに返された。
じゃあ、何なのだ。と更に尋ねれば、トリスタンが一度ため息をつき言う。
「利害が一致したんだよ。僕も彼女も君に会いたかったから」と。




