4.どうやら敵だったようです
宣言通りに、二日と空けず男はまたやって来た。
( だから何で普通にここに来れる!? )
ローズマリーは爽やかな笑みをたたえて訪問の挨拶を述べる男を怪訝と警戒をもって眺め。
侵入者に対しザワザワと枝を揺らすだけのイバラ達をキッと一睨みすると、ローズヒップの乾燥作業をしていた手を止め改めて男へと向き直る。
「すみませんが、不審者への歓迎の気持ちなどこれっぽっちも持ち合わせていないので挨拶は省かせてもらいますね?
―――で、ご用件は? まさかまた迷子とかは言わないですよね?」
今度こそは正直に答えてもらおうと皮肉と圧を込めた笑顔で言ってみる。
だけどそんなわたしの圧力などどこ吹く風。男にはむしろその風すら心地よく感じたのか、美しい紫色の瞳がゆっくりと細まる。
「嫌だなぁ、不審者だなんてそんな他人行儀。トリスタンだと名乗ったよね? そう呼んでくれたらいいよ」
そう言ってにこりと笑う男――、トリスタンの艶やかな笑顔にローズマリーの肩が一度ぴくりと揺れる。
不審者だろうがきちんと名乗ろうが、他人は他人ですよね? そして後半の話し聞いてました?
ついでにその笑みも止めて欲しい、変な動悸が起こるから。
ローズマリーは眉間にシワを刻み、ふぅ。と一つ息を吐く。
「卿―――」
「トリスタン」
向けられる笑顔。
「…………グレイフィッ―――」
「トリスタンだよ」
深まる笑顔。
あれ?圧を受けてるのってこっちだっけ?
「…………トリスタン、………様」
うーんという唸り声。だけど訂正は入らず妥協してもらえたみたいだ。うん、既に疲れた。
「――で、ご用件は!」
少し離れた場所で作業をしていたナルがこちらに向かってくるのを視界の端に捉え、やっと会話を続けることが出来るようなのでさっきの言葉を繰り返す。
そんな、不審者ではなくなったけど他人であるトリスタンは「あ、そうそう」と、思い出したように手に持っていた紙袋をこちらに掲げた。
「はい、これ」
押し付けられ思わず受け取ってしまったけれど、何なのだ?
「うわっ、これ! マダム・ルイーザの店のじゃん!?」
丁度やって来たナルが言う。
「え? 何って?」
「王都にあるすんごく有名な洋菓子店! 何だろう、焼き菓子の詰め合わせかなぁ…」
「………ふーん」
食い気味に紙袋を眺めるナルとは違いローズマリーは胸元に抱えた袋にちらりと視線を落としただけで、尋ねるようにまたトリスタンを見る。
それに気づいたトリスタンは「お詫びだよ」と。
「先日の急な訪問に対してのお詫び。甘いものは好きではない?」
「……嫌いではないです」
「そう、それは良かった」
そして、「今日はこれを届けに来ただけだからもう戻るよ」と、動悸を引き起こす艶を消した爽やかな笑顔で言う。
わたしが尋ねたい一番の案件には全く触れていない。けれど、本当に帰る素振りを見せるトリスタンにとりあえず「ありがとうございます」とお礼を述べれば、トリスタンは爽やかだった笑みにまた少しあの圧力を滲ませる。
ホント止めて欲しい。
その最たる案件である『どうやって来たのか?』、そして『どうやって帰るのか?』
見送る為に――いや、見届ける為にナルに声を掛ける。
「ナル、グレイフィッツ様を―――」
「トリスタン」
「…………トリスタン様の見送りを―――」
「いや、それには及ばないよ」
「…………」
出鼻を挫かれまくりで半眼になる。
それを為した男は胸元のポケットから丸い、懐中時計のようなものを取り出して。「あ……っ」と、ナルが小さく驚きの声を上げた。
「――ナル?」
何だと尋ねるローズマリー。トリスタンも小さく漏らした声が聞こえたのかナルの顔を見て、ああ――。と頷く。
「ナル、といったよね。そうか、君はこれを知っているのか?」
「…………いえ、知らないです」
「ふーん?」
「ナル?」
トリスタンの視線から外れるように俯いたナルをローズマリーは怪訝に眺める。本当は知っているのだと分かるあからさまな態度。
だけどトリスタンは「まぁ、いいか」と呟くと、また来るね。と言い残し本当にそのまま帰って行った。
結局また理由はわからないまま。でも。
「どういうこと?」
尋ねるローズマリーに、男が消えた先を眺めるナルがボソリと呟く。
「あいつは、……俺達の天敵だ」と。




