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39.揺れる心と戸惑う世界

 滑り込んだ部屋はあの日と変わらず薄暗い。

 だけど今はわたしと同じ顔を持つ少女はいない。足元に倒れていた三人も。



「この地は魔女の為のもの。魔女であるからこそ為しえる力の数々。何者でもないと思っていたわたしはやっぱり魔女で、その愚かな考えがシェリーを殺した」


 静かな部屋にコツコツとローズマリーの靴音が響く。


 あの日も、ここだけは静かな、静かな夜だった。

 だけど季節が違う、時間が違う、時が違う。きっとその全ての違いから月明かりは部屋へと差し込み、影は影を、光は光を強くする。


 夜空で舞う雪に、乱反射する月光。差し込んだ光に、深さを増した影の中で踊る小さな()()()煌めきたち。

 静かな雪の夜の競演。


 それを眺めるのはわたしと、何も言わずにわたしの背後で靴音を響かせるトリスタン。


 彼は今何を思うのか? わたしの罪を知って。


( ………いえ、そんな考えこそどうでもいいもの )



 真っ直ぐに見つめる瞳の中、跳ねる赤い光に導かれて。ローズマリーが足を止めたのは、まるでオベリスクのように佇む赤い輝きを放つ紅玉の石柱の前。


 月の明かりを受けきらきらと無機質に輝く紅玉の石柱。

 手で触れる、その表面は冷たい。それに額を当て目を閉じる。


 オベリスクとは、記念碑の意味なのだという。記念、過ぎ去った過去を思い起こすこと、忘れないように。

 この石柱こそがわたしの罪の証。それを忘れないように思い起こす。だから間違ってはいない。そしてこれはシェリーだ。


「……トリスタン様、これがシェリーです。そしてわたしの罪の証」


 そのままの姿勢で言葉を紡ぐ。


「………わたしは、一番大事で大切だったはずのシェリーすらこんな姿にしてしまった。 だから、無理なんです……」


 瞳を開けゆっくりと振り返る。感情は押し殺し、少し離れた影の中に立つ男をローズマリーは見る。


「何れ貴方だってこんな風にしてしまうかもしれない。殺してしまうかもしれない」


 だから無理なのだと。大切に思ってしまうほどに無理なのだ。わたしのそんな想いはまた要らぬ願いを生むかもしれない。わたしが魔女である限り。だから。


「………貴方はここを離れた方がいい」



 沈黙が落ちる。


 コツリと、音が鳴り。まず靴の先が見えた。


 続いて足が、体が。逃げ出したくなる気持ちを何とか抑え、それを迎える。


 無言のまま月明かりの下へと出て来たトリスタン。

 月光のような金の髪が揺れ、影となる瞳はいつもより深い紫色。

 こんな状況だというのに、それを綺麗だと思う自分に呆れながら。けど、わたしを捉えるその瞳の上、微かに寄せられた眉根に心が一瞬で冷える。


 それはやはり嫌悪の表れだろうか?

 だとしても仕方ないこと。むしろそれこそが今日トリスタンをここまで連れて来た理由に他ならない。それでわたしの心が傷を受けたように感じるなんて。そんな馬鹿げた話などあるはずがない。


 ローズマリーはぎゅっと唇を噛み、与えられるであろう言葉を待つ。


 だけどトリスタンは、やはりトリスタンであった。

 

 深いため息の後、少し怒気を孕む声で告げられた言葉。


「俺は何処にも行かないって言ったよね。側に居たいって。 君は許可したはずだ」


 ローズマリーは唖然と口を開く。 


「何……、言ってるんですか? あの時と今とでは状況が違いますよね!?」

「どこが違う?」

「―――は? ……だって…、今までの話聞いてましたよね……?」

「ちゃんと聞いてたよ。 でもそれで君の何が変わる?」

「かわ……っ!?」


 確かにわたしがわたしであることに変わりはない。

 でも何を言ってるのだ? この人は。


「でもわたしは罪人ですよ! 何れは貴方も――」

「殺してしまう、『かもしれない』?」

「そ……、そう…です!」


 コツリとまた靴音が鳴る。


 月明かりを纏い、コツリコツリと近づくトリスタン。


「かもしれない――、そんな不確定要素では俺は納得しないし、従うつもりもないから」

「でもっ!」

「ついでに言えば、それくらいでは俺の心は変わらないよ。最初に伝えたはずだ、俺は一途だって。 だてにこんなにも長い間君に恋してないよ」

「でも………」


 わたしの戸惑いをよそにトリスタンは目の前に立ち、静かな瞳でローズマリーを見下ろす。それはいつもと同じトリスタン。


「何度でも言うよ、ローズマリー。俺は君が好きだ。それはずっと変わらない。

 それを証明する手立ては今はないけれど、君の側に居ることでいつかはわかるはずだ」


「ああ、でも確かにその為には君にでも殺される訳にはいかないね」と、トリスタンは笑う。

 

「それは矛盾ですよ」


 ローズマリーは返す。

共に居れば居るほど、惹かれていけばいくほどにその矛盾は顕になる。それはわたしにとっても。

 でもトリスタンはそんなものというようにやはり軽く笑い。


「ロージーは本当に興味ないよね。俺はそういった力、不可思議な力に対してはある意味専門家だよ。例え君だろうと殺される気はしない」


 だから。とトリスタンは続ける。


「俺を拒まないで、遠ざけないで。俺はローズマリーの側で生きていたいんだ」



 ああ――、何でこの男はそんな言葉を言う。

 わたしの心を揺らす。

 


「そんなの…、受け入れられないよ……」


 トリスタンの紫色の瞳にはわたしが映る。無様なまでのわたしが。そしてその後ろで、深く赤く、輝く石柱も。


 わたしの視線が逸れる。


「そう……、受け入れられない。わたしはシェリーを裏切れない」


 シェリーを一人残したまま、全ては変わる、世界は変わる。

 でもわたしは変わらない。変わるわけにはいかない。


 シェリーと共に閉じたわたしの世界。

 


「……これ以上、わたしの世界を揺らさないで……っ」


 崩れるように膝を付き顔を覆ったローズマリーに、少し慌てたような、でも直ぐに息を詰める気配。

 そしてためらいとあきらめ。「仕方ない」と声が降る。


 びくりと、肩が震えた。


 仕方ない。そう、仕方ない。だってこれはわたしの罪で罰だ。動揺などお門違い。


 だけど新たに降った声は、わたしを更に動揺させるに充分だった。



『―――ねぇ、ロージー。わたしの半身』

 



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