38.挙げ句の果てのピリオド (3)
これはまた、あの日の続き。
わたしの世界が終わった日。
シェリーの願い……シェリーがわたしの為にした願い。そのせいで行った罪。
酷いと言われようとも、わたしにとっては直接的に犠牲になった人々より、その罪の為に犠牲になったシェリーの方が大事だった。
だから止めたかった。
見たくなかった。欲しくなかった。
シェリーの犠牲の上での幸せなんて。
「いらない……、そんなの! わたしはいらないよ!シェリー!」
パキンッ―――と、硬質な音が聞こえた。
ペキンッ、パキンッ。音は続く。
「………な、に……?」
音の出所、ローズマリーはシェリーの足元に釘付けになる。
それは唐突に突然に。
シェリーの瞳のような紅玉の石柱が音たて現れ、その足元を急速に覆ってゆく。
そして捕らわれるシェリー。
「シェリー!?」
「―――ダメ!!」
手を伸ばそうとして。払われ、ドンっと突き飛ばされて床に転がった。
でも直ぐに起き上がり見たのは。
既に腰元まで紅玉に覆われたシェリー。
「………は、……シェリー……、何、これは……?」
その状況に呆然としてる間にも、シェリーを覆う石柱の侵食は止まらず。そんな場合ではないと慌てて駆け寄ろうとしたローズマリーの上に静かに降る声。
「来ちゃダメだよ、ロージー」
石柱と同じ、いや、それよりも透明で美しい二つの紅玉がローズマリーを見る。
目が合った。
――と、同時に感じた己の体の異変。ローズマリーは瞬間で理解し声をあげる。
「シェリー! 何で!? 」
見つめるシェリーは微かに眉を下げた。
「ごめんね、ロージー。でもしばらくそのままでいて」
「シェリー!? 何でっ、早く解いて! これじゃあ動けないよ! シェリーっ!!」
「ダメだよ。今 来たらロージーまで巻き込まれる」
「――っ、シェリー……っ!!」
側に行きたいのに動かない体。わたしの体を動かなくした、それはシェリーの力だ。
それでも必死に動かそうとしてもがくローズマリー。赤い石柱はシェリーの胸下にまで迫る。それは確実にシェリーを閉じ込める意思を持って。
「シェリー! シェリーっ!! お願い! 解いてよ!!」
悲鳴のように叫ぶ。
昂る感情に盛り上がる涙。
歪んだ視界の向こうではシェリーが小さく首を振る。
「でも、もうこれは止められないよ。願いとして成就してしまったから」
「何っ――、言ってるの!? ……願いって……!」
「うん……、仕方、ないよね」
あきらめたようにシェリーは緩やかに笑う。
「何を、…………………?」
―――願い?
………それは?
それは誰の?
シェリーの願いは、この地からの人間の排除であったはずだ。では―――。
「わたしが………?」
いらない。見たくない。欲しくない。
願ったのは確か。
「わたしの、願い……?」
戦慄くまま目の前で紅玉に閉じ込められゆく少女に尋ねれば、否定も肯定もなく、ただ静かにシェリーはローズマリーに微笑む。
「でもっ、わたしは……っ!」
シェリーをいらないなんて言っていない。シェリー本人に対してなど言うはずない。
「うん、わかってる。大丈夫だよ、ロージー。わかってるから。だから泣かないで?」
ボロボロと溢れる涙のままシェリーを見る。今はもう顔を残すのみとなり、少し苦しそうにしながらもシェリーはわたしに微笑む。
「ロージー、大好きだよ。わたしの大事な半身。大切な。 ……ごめんね、わたしはきっとやり方を間違えた。だからこれは仕方ないこと。ロージーのせいではないよ」
こんな時でさえ慰める言葉を口にするシェリー。わたしのせいであることに間違いはないのに。
やり方を間違えたのはわたしだ。全てがわたしの――……。
「……いやだよシェリー、いかないで、一人にしないで。 わたしも連れていってよ……っ」
「………それは出来ないよ」
「何でよ!?」
「だって、ロージーが大事だもの」
「それはわたしだってっ! ……わたしだって……。シェリーが―――」
それなのに。
それなのに、わたしは自分のせいでシェリーを喪う。
国を滅ぼし、みんなを殺し、シェリーに罪を押し付け、自分だけが生き残る?
なんだそれは?
そんなものいらない!
「いやよ、シェリー………。 ねぇ、シェリー…」
ペキンッ、パキンッ。音は止まない。
でもゆっくりと小さくなる音。
赤く染め上げられてゆくシェリー。綻んだ口元が小さく開き、音に掻き消されるような微かな声が零れた。
「……ロージー……、大好きよ……」
だけどローズマリーの耳にはハッキリと聞こえた最期の言葉。
パキンッ―――――。
一際大きな音を立てシェリーの全てが紅玉の石柱へと閉じた。
「………………シェ、リー………? いや、いや……、いっ―――――」
慟哭の中、そしてわたしの世界も閉じた。




