表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/84

37.挙げ句の果てのピリオド (2)

 イバラのアーチを抜けた先に見えたそれ。

 黒い空を背景に、月と雪原。そして照らされ白く浮かび上がる城。

 

「綺麗だな……」


 ポツリと呟くトリスタンの声。


 だけどローズマリーにとってここは罪の象徴であり、美しきも墓標だ。


「………行きましょう、トリスタン様。 シェリーが待ってます」




 トリスタンを連れローズマリーは城の中を行く。 意識的に、犠牲となった者のいる場を避けて。

 

「この地は元々そういった土地だったらしいんですよ、シェリーが言っていたんですが」


 まだわたしの語りは続いている。同じく聞き手はトリスタン。


「わたし達が魔女として生まれたのも必然だって。 …――って言っても、シェリーと違ってわたしにはなんの力もないんですけどね」


 ローズマリーは小さく肩を竦める。


 だから他の人々が、何故わたしを腫れ物扱いしたり忌避したりするのか幼き頃は全くわからなかった。それは多少大きくなってからも。

 シェリーのような不思議な力はない、でも人間でもないという。

 どっちつかずの宙ぶらりんな存在。


 ()()()()()()()()()()()()()()()

 それは否応なく。




 普段通ることのない廊下のその横、開けられたままの扉の向こうに大きな広間が見えた。

 がらんとした部屋の中には、縦に長いテーブルとずらりと並ぶ椅子。だけどその席に座るのは常に三人であったはずだ。

 何故ならそこは国王一家の為の食堂。

 足を止めたローズマリーにつられトリスタンも足を止める。


「ここ食堂なんですよ。無駄に広いっていうか、今の家とは大違いですよね」


 ローズマリーは苦笑を浮かべる。


「たった三人の為の食堂。国王と王妃と王子、たったの三人。

 でも、その中の一人が、わたしであったこともあったんですよ。 王子が、弟が生まれる前は」


 揺れる記憶。朧気な記憶。父と母と。そこには確かに優しい何かは存在していたと思う。



「だけど……、シェリーにはそれもない。シェリーにとってはわたしが唯一だった。わたしだけが唯一だったんです。……それはわたしも」


「…………シェリーが、大好きなんだね」


 聞き手から脱した男の柔らかな問いに、「ええ」と口元を綻ばし。浮かべた笑みのまま返す。


「でも――、それはわたしの自分勝手な自己満足だったんです」


 

 そう言ってローズマリーはまた歩き出す。今 歩みを止めると動けなくなりそうな気がした。

 トリスタンに告げた言葉。それがそのままの真実だ。わたしは暖かさから優しさから温もりから弾かれた。望んでも手に入らない現実にあきらめた。

 そして自分を憐れんだ。

 気にしていないという風を装ってもあの時のわたしはまだ小さな子供で、唯一愛情を注いでくれた乳母を亡くしたばかりだった。

 

「半身がいると知って直ぐに探しだしたのは、同じ境遇を分かち合える人が欲しかった。憐れなのは、不幸なのは、愛されていないのは、自分だけじゃないんだって。 ………ずるいですよね」


 ずっと見ないふりをしていたものが溢れだす。

 閉じ込めて隠して、その上での後悔だなんて。そんな卑怯な行為をくり返してきた代償が今来たのだ。



 そう、シェリーを追い込んだのはわたし。

 わたしのそんなあさましさがシェリーを凶行に走らせた。


 だってシェリーは、今のこの姿、十六となった時点では少なからず他者との接触はあったのだ。頼まれ事や薬などわたしを通さずとも。

 何事もなければただ穏やかに過ぎただろう日常。凶行に走る理由などない。


 それなのに。


「側にいて。離れていかないで。ずっと一緒に。

 そうやって縛りつけたんですよ、わたしが」


 妄信的に、盲目的に、ひたすらに。

 失うことのない、わたしを愛してくれる、わたしだけのものが欲しかった。

 

 それはまさにエゴだ。


「――だけど」と、口を衝いたのはトリスタン。


「だけどそんな想いは誰しも持つものだ。相手を好きだと思うなら尚更」

 

 ローズマリーは振り向くことなく返す。


「でもその想いが最初から仕向けたものであれば? そうなるように誘導したものであるならば?」

「心はそう単純なものではないだろ」

「おかしなこと言いますね。わたしは魔女ですよ? 人の心を操ることに長けた魔女です。トリスタン様の心だって操ったのかも知れませんよ?」


 トリスタンの言葉に白々しく返せば、深いため息が降る。


「……ええ、わかってます。冗談ですよ」


 それがホントに出来るのなら真っ先にトリスタンの想いを消している。

 わたしが好きだなどという愚かな想いなど。



「『望まなければそれはそれで幸せでいれたのに』」

「…………?」

「シェリーに言われました。気づかせたのはわたしだって。

 わたしがシェリーを探さなければ何も起こらなかったかもしれない。 シェリーだってその方が幸せだったかもしれない。 わたしもマクシミリアン様と結婚して普通に生きて死んでいったかもしれない。 そんな世界があったかもしれない」

「それこそ僕は一番望まないよ」

「………ふふ、トリスタン様はそうなりますよね」



 そして廊下は行き止まる。その突き当たりの扉の前でローズマリーはやっと歩みを止め、扉を背にくるりと振り返った。


「この先にわたしの罪があるんです」

「……罪?」


 三歩程後ろで立ち止まり、微かに眉を寄せたトリスタンを見上げる。


「………………トリスタン様は、わたしを殺せますか?」

「――はっ!? ロージー!? ……何をっ、言ってる!?」


 何故か少し過剰なトリスタンの驚きと動揺。ヴァルと男の会話を知らないローズマリーにはその理由はわからない。だから焦るトリスタンに少し笑い、そして微かに俯く。


「例えばですよ、例えば。 …………そう、例えば、一番大切な人を殺してしまったら? そんなつもりもなく、そうとは知らずに」

「ロージー………?」


「……………だからといってその事実はかわりませんよね」

「ロージー、何を言っ―――」



「わたしがシェリーを殺したんです」 


 その罪がここにある。



 いい放ち、ローズマリーは後ろ手に開けた扉の中へと滑り込む 。今は、今だけはトリスタンの視線から逃げたかった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ