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33.とけゆくもの

 ほらっとトリスタンに促されて、ローズマリーはまた元の姿勢に戻る。


 確かにわたしの髪を梳くトリスタンの手は慣れている。絡まった髪を丁寧に少しづつ解いてゆき、しかもそれだけでなく結い上げている気配さえもする。

 どんな状況なのかもわからないし、男の顔も見えない。けど聴こえてくる鼻歌を聞く限りはとても楽しそうではある。


 しかしだ。 貴族である男性が女性の髪を整えることに慣れているというのもどうなのか? そこから導きだされる状況には俗な考えしか浮かばない。

 

 とはいってもローズマリー自身、十六からいばらの森(ここ)に閉じ籠っているのだ。本や小説での知識だけで、男女の機微にそこまで詳しいわけでもない。

 

 何とも言えない表情で押し黙るローズマリー。 その顔は後ろからは見えない、はずなのに。

 トリスタンは急に鼻歌を止め口を開いた。


「言っておくけど、違うからね」

「―――! な…、なんのことですか…?」


 思わず目が泳ぐ。


「…………………妹だよ」

「ん?」

「妹の髪をよく結っていたんだ」

「………妹、さん?」

「だよ」


 珍しく家族の話だ。しかもその声は穏やかで嫌悪などは一切ない。


「君と同じくらいの長さだったかな? 色は違うけど髪質は似てるよ」

「なるほど、寝起きは鳥の巣ってことですね」

「ははっ、そうだね。 ………とても素直な、可愛い妹だったよ」


 だったよ――。 それは、過去形。


「………そりゃ、トリスタン様の妹さんなら可愛くも綺麗でもあるでしょうね」


 男性でこれなのだから、女性ともなれば相当だろうと。そんな触れずにそらした何気ない言葉にトリスタンが食い付いた。


「……へぇ、珍しいね。 君が僕の容姿関連で言及するなんて」


 ローズマリーはしまったと顔をしかめる。

 そこはさらっと流すべきとこじゃないか? どうせそういうことは言われ慣れてるだろうに。


「わたしだって、綺麗なものは綺麗、美しいものは美しいってことぐらい思いますよ!」

「ふーん……。じゃあ、君から見た僕はどうなの?」

「い―――」

「い?」

「言いたくない、です!」

「ふーん?」


 これ以上墓穴を掘る前にこの会話を強制的に終わらせる。

 わたしの髪を触る手は止めてない。でも覗き込まれてる気配は感じる。

 だからそっちは見ない。だって絶対いつものあの笑みを浮かべてるはずだから。

 


 まぁ、いいか……。と言う声が聞こえたのでホッと息を付けば、次に落ちた言葉。


「一応ロージーにも、この顔は手段としてちゃんと有効ではあるわけだ」


 いや、何が?


「だったらもっと精進しなければ、ね?」


 ――ね? の部分で、今度こそ完全に身を乗り出してわたしを覗き込んだトリスタン。

 うん、やはりキラキラしい笑顔だ。

 だけど精進というならば、折角だがそのキラキラエフェクトは減少方向に頼みたいと思う。

 




 髪結いも終盤に近づいたのか男の口数が減った。

 それよりも、どうなってるのわたしの頭? 鏡ぐらい見せて欲しい。


 回り込んで正面から何度か確認の作業を繰り返したトリスタンはやっと満足そうに頷く。これでやっと終わりかと思えば「よし! 後は仕上げだ」と呟く男にローズマリーは小さくため息を漏らした。

 

 それと同時に、思い出したのはシェリーのこと。


 シェリーもわたしの髪をいじるのが好きだった。シェリーは手先も器用であったから。

 その拘束時間の長さに文句を言いながらもよくこんな風に二人で過ごした。 


 そして。流石にじっとしてるのも飽きた。それにお腹も減った。


「妹さんもこの髪結い(拷問)に耐えてたんですか……?」

「よく文句は言われた」


( ああ、やっぱり )


 ローズマリーの渋面に、「もう少しで終わるから」とトリスタンは少し笑い、そう言えば?と続ける。


「ロージーには兄弟は?」


 え? それ聞きます?


 ローズマリーは思わず振り返る。

 はっきりと顔に出ただろうし、なんなら声にも出てたかもしれない。


 「あっ……」とした表情で、流石のトリスタンも罰の悪い顔となる。


「いや……、ごめん…何か流れで……」 

「いえ、別にいいんですけど……」

 

 消えた国には、王と王妃、それに王女と王子がいた。それは史実にもある。


 だからトリスタンもそれは知っているだろう。

 でも、顔を見る限りそれを踏まえた上での問いかけではないようだ。本当につい口にしたという感じの。


 ローズマリーは姿勢を戻す。

 再び男の顔は見えない。それは向こうからも。



 史実――、それは過去の事実。


 でも誰も知らない史実がある。


「…………居ましたよ。 どちらが妹で姉なのかは、わたしもシェリーも知らないままだったけど」

「シェリー……? それは……」


「わたしの大切な半身です。

 ……今度月が満ちたら、トリスタン様も紹介しますね」


 好きだと言うなら。


 トリスタン()がわたしをホントに好きだと言うなら。

 きちんと伝えなければならない。

 

 それは早い方がいい。その方が()()()()()()()()傷は小さくて済む。


 

 男が何かを言おうする気配、だけどそれを破りナルが居間に顔を出した。


「ねえ、そろそろ朝食にしない?」

「あっ、賛成! お腹減ったー。 トリスタン様、もう終わります?」

「………ああ、そうだね。こんなものでいいかな」

「やった! やっと解放! じゃあ、何作ろっか? ビーツあったよね、炒めるかサラダでいくか」

「……ってか、何その髪型? 凄いことになってるけど」

「ん?」



 その髪型の件も気になったけど、お腹も限界だったので取りあえずは朝食を優先した。


 そして食事を終えて鏡を見れば。


「……凄い、ですね」

「うん、頑張ったからね」


 トリスタンが笑顔で答える。

 鏡に映るわたしの頭は、大小の三編みが複雑に絡んであちこちに花を作り、何処からか持ってきたのか紫のリボンがそれを彩る。


( なるほど、紫ね… )


 ローズマリーはトリスタンを見る。その緩やかに細められた紫の瞳を。


「ところで。 これってどうやってほどくんですか?」

「そうだね、また僕に任せてもらえばいいよ」

「…………………なるほど」


 また長時間拘束は決定らしい。




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