32.とかされるもの
「ロージー、君はちょっと軽率過ぎると思うんだよね」
「貴方がそれを言いますか!」
朝から身嗜みもバッチリなトリスタンと寝起きで髪の毛が鳥の巣状態のわたしが居間で向き合い座る。
どうしてこんな状況かというと。
昨夜ヴァルと居間で眠った、そして早朝。毎朝の散歩が日課なトリスタンにそれを見られた上に笑顔でもって起こされた。
そのトリスタンが今も笑顔で目の前にいる。
でもその笑顔が本当に心からの意味のものでないと知っている。うん、だって圧が凄い。
( ヴァルってば、絶対気づいてたはずなのに…… )
ローズマリーはむぅっと口をへの字にする。
爆睡していたローズマリーとは違い、ヴァルが近づく足音に気づかないはずがない。でもヴァルはわたしを起こしてはくれず、この状況だ。
当の本人といえば、ローズマリーが飛び起きた後、ゆっくりと伸びをして欠伸一つ残し玄関から表に出ていった。
「だからっ! ちょっと話をしてたらそのまま眠っちゃったんですよ。不可抗力です」
もちろん嘘だ。嘘だけど。そもそもわたしは何で怒られてるの?
いや、怒られてるのかこれ?
「……へぇ、ちょっと話を? 不可抗力?」
なるほど。とトリスタンは目を細める。口元は弧を描いてはいるのでそれは変わらぬ笑顔のままだ。だけど、圧を越えたもうひとつ上のステージに至ったようだ。
「ってゆーか、わたしがどこで何してようがトリスタン様には関係ないですよね?」
「まぁ、そうだね。でもそのことが腹立たしい」
「腹立たしい!? ………って」
( やっぱり怒ってるじゃん…… )
トリスタンの笑みが深くなる。
「俺は、君に、好きだ、と言ったよね?」
「………はぁ、まぁ…」
何故か一言一言区切り、トリスタンはズイッとこちらへと身を乗り出した。
「そんな俺の気持ちを知ってるにも関わらず、君は他の男と寄り添い眠るんだ?」
ホント酷いよね。と紫色の瞳がわたしを見て甘く歪む。
瞬間息を詰めたローズマリー。
だけど直ぐにその甘い呪縛を振り払う。
「――いやっ、その言い方! おかしいですよね!? ヴァルはヴァルですよ!?」
「何が違うの? どう見ても彼は男だろう」
「それはっ、そう……です…。 けど、ヴァルは違うんです!」
「だからそれはどういう意味? ああ、あの男が好きだから別枠だと?」
「違………っ!」
わたしに向けるものとしては珍しく皮肉が混じるトリスタンの声に、今度は言葉を詰まらせる。
確かにヴァルのことは好きだ。でもそれは男女な感情ではない。彼はローズマリーにとってはあくまでも大切な恩人なのだ。
生きることを、生きていかねばならぬことを。それを教えてくれた。
正と負、色んな意味においての恩人。だからトリスタンの言う意味とは違う。そう、全く違うのだ。
けど、それをそのまま言っても通じまい。
「上手く言えないんですが、そういうのではないんですよ……」
ローズマリーは口ごもり俯いた。
ちょっとして、深い深いため息が目の前に落ちた。
「……………何…言ってんだ、俺は……」
同時に零れた声は少し聞き取りずらく、顔を上げたローズマリーは、椅子に背を戻し、仰向けた顔を両手で覆うトリスタンを見た。
「……………」
「……………」
暫しの沈黙。
先に動いたのはトリスタン。
立ち上がった男はローズマリーの横へと場所を移す。
今座っている場所はご飯を食べるダイニングテーブルではなく応接セットのソファー。 直ぐ隣に座った男にローズマリーはびくりと身を引こうとするが、それより早くトリスタンが口を開く。
「ロージーちょっとそっち向いて」
「―――え?」
言われたことの意味がわからず動きは止まる。
怪訝に眉を寄せたローズマリーにトリスタンは小さく笑い、続ける。
「背中、向けて?」
「…………何で?」
「ほらっ、いいから」
時たま思うがこの男は何気に強引だ。
だけど今ニコリと笑う顔には、先ほど見せていた強い感情は無い。
いつもと同じ、飄々としたトリスタン。
ローズマリーは仕方ないとひとつ息を付き背を向けた。そして言われた言葉は。
「ちょっと触るよ」
( ―――ん? )
そう言って、触れられたのはわたしの髪。
そういえば、チラッとガラスキャビネットに映ったのを見ただけだが、何かすごいことになっていたのを思い出す。その髪を、トリスタンが何処からか取り出した櫛で解かす。
「――はっ!! な、何してるんですか!? ―――って、いったぁっ!」
驚いて振り向いたら髪が櫛に絡まった。
「あ、ロージー! 大丈夫かい? 急に振り向いたらダメだって」
「いや、でも……っ」
「心配しないで大丈夫だから」
「心配とかじゃなくてっ」
「自慢じゃないけど俺、巧いよ。――ね、任せて」
とても爽やかにトリスタンは言う。
( ……いや、そうゆうことじゃなんだけど… )




