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3.迷子?不審者?どちらも遠慮します

 長い間この森を訪れる者などいなかったので警戒心が緩んでいたのだろう。

 今さらながらに突然の来訪者に対し警戒する二人に、男は何ら気にすることもなく笑顔のまま興味深げにこちらを眺める。


 若い男である。二十歳を幾つか越えたくらいだろうか? 身なりも容姿も良い。

 容姿に至っては、むしろ称賛されるだろう程に良いと思う。

 スラッとした長身。肩まで届く淡い金髪は軽く後ろで纏められ、そこから零れ落ちた前髪の奥には宝石のような紫色の瞳。

 その瞳が改めてローズマリーを捉える。


「これはこれは……」

 

 形の良い唇から零れた言葉にきっと意味はない。けれど細められた瞳に浮かんだ色と合わせれば何気に意味深で。ついでに左の目の下に並ぶ二つのホクロが何とも艶めかしい。


 ローズマリーはさっきとは少し違う警戒心に手に持ったカゴをぎゅっと握りしめる。

 

 そんなローズマリーの心の動きを機敏に感じ取ったのか、ナルが少し前出て「(サー)――」と。


「失礼ですが、どういったご用件で?」


 その丁寧な物言いは、男の身なり醸し出す雰囲気からそういった立場にある、所謂――貴族であると踏まえて。

 実際は、「勝手に入って来るんじゃねーよ。何だよお前?」と、口には出してはいないけど顔に出てるから余り意味がないと思う。


 でもヒタリと見据えるナルに視線をずらした男は、やはり気にすることもなく。


「いや…、ちょっと迷い込んでしまって。戻る道を捜していたら声が聞こえたものだから」


 突然尋ねた無礼は許してくれと、麗しい声で申し訳無さそうに言う。それを横で聞き、ローズマリーは半眼となる。


 男は自分自身の使い道をよく心得ているようだ。大概の人であればその容姿も相まって何でも許してしまいそう――だけど。


 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと嘘をつく。


「――迷い込んだ? ここに?」

「マリー!」


 思わず非難めいた口調で尋ねれば、ナルが慌てて止める。だけど男は全く見当違いの方向へと興味を惹かれたようで。


「マリー? それが君の名前?」

「違いますけど! って、話し聞いてます?」

「ああ、ごめん。 僕の名前はトリスタン。トリスタン・グレイフィッツ。――で、君は?」

「………………」


 ニコニコと笑顔で尋ねる男。名乗ったのだからそっちも名乗れということか。

 いや流石に明後日の方向過ぎない?

 無言を貫こうかと思ったけれど尋ねたいこともある。

 ローズマリーは大半の女性からすればときめくだろう笑顔に胡乱な目を向けて、仕方ないとひとつ息を吐く。


「……ローズ、マリーです」

 渋々教えた名前に、男はああ、なるほどと頷き。今度は突拍子もないことを言う。


「じゃあ、ロージーって呼んでも?」

「……………は?」

「彼がマリーって呼ぶなら被らないようにロージーかなって…。 どう?」


「どうって………、嫌ですけど…」

 

 思わず本音が漏れた。

 男はくすりと笑うと、「……残念」と、全くそんなことを思っていないだろう笑顔で言う。

 だいたい被らないようにって何だ? 名前は元々ひとつなんだから被るも被らないもないだろう。


 ( うん、何だかとってもめんどくさい )


 この男はかかわり合いにならない方が懸命だとローズマリーは判断する。なので。


「迷われたんですよね! だったらこの道を真っ直ぐ行かれたら森を抜けれますよ!」

 

 さぁ、どうぞ。と、有無を言わせぬ勢いで言うと、男の背後に真っ直ぐに伸びた()を指差す。横で何か言いたげなナルの視線を感じるけど無視だ。尋ねたかったことも同様に。


 男は促されるままローズマリーの指差す方向を振り返り、再び戻した顔には何とも言えない表情。


 まぁ、そりゃそうだろう。今さっきまでイバラに覆われていたはずの場所に小道が出来ているのだから。

 でもローズマリーは笑顔を浮かべて言う。


「この森は気まぐれなので、早くしないとまた道を見失うかもしれませんよ?」


 さっさと帰った方が懸命ですよ?

 浮かべた笑みに本音を込めて。


「なるほど」


 何がなるほどなのか。頷いた男は、何故かローズマリーに向かってゆったりと笑う。


「―――っ…」

 少し慣れて来ていたとはいえ、男の艶然たる笑みにローズマリーは一瞬気圧される。


 ボソリと男は呟く。


「……仕方ないな、今日は引き揚げようか」


 その言葉からして目的を持ってここに来たのだということがわかるが、とりあえず帰る姿勢を見せた男にローズマリーはホッと息をつく。


「ところで―――」


 また掛けられた声に振り仰げば、先程の笑みはまだ継続中で。

 

「またこちらに伺っても?」

「む、無理だと思いますが……?」

「そう?」


 理由を尋ねているような、そうじゃないような。でも深まる笑みにローズマリーはやっぱり気圧される。

 

( ホント、色んな意味で無理だって…… )



 じゃあ、またね。と、次があるような別れの言葉を残し、男はイバラが開けた小道へと向かい、その姿を追うように閉じてゆく道。


 元へと戻った森に残った二人。


「………………何なの? あの人?」

「………………さぁ?」


 答はイバラの藪の中――。




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