28.ある日森の中 狼に出会った
名前ちょっと変更しました(ヴィル→ヴァル)
『この国に私が来たワケは単純に狼の分布における調査だ。
13世紀には既にこの国の野生の狼は絶滅したと言われている。それから100年。だけどもだ、地方の村ではまだまだその目撃情報は後を立たない。
ただの噂話と言い切ってしまえばそれまでだが、でも私はその浪漫にかけてみたい。
~中略~
とてもとても美しい狼だった。一瞬であったけれどその姿には他を寄せ付けない孤高さえも感じた。
白い毛並みに混ざるグレー。金色の瞳が一度だけわたしを捉えて直ぐに走り去った。
我が国でも見たことがないような美しい狼の王。
それはまるで夢のような邂逅であった』
*~1350年 アドルフ=シェーンハウゼンの手記~ からの抜粋
この時、ようするに十四世紀にはまだ狼の存在は明らかであったのだ。
では今は?
この手記を書いたアドルフが訪れた村というのは、調べた限りウェッセンドル地方の村であると思われる。なんせ未だにあの地方は豊かな森に育まれている。
だが今は何度調査しようともその目撃談さえ現れない。
アドルフが見た美しい狼の王をどれだけ見たいと望んでももうその姿を見ることは叶わない。
彼らは本当に絶滅したのだ。
ただその原因こそ、人間が招いた愚かな行いだということを私達は忘れてはいけない。
まずは、それについて語っていこうと思う。
ジェイコブ・ディキンズ著
ー絶滅とそれにいたるまでの道のりー
――‥――‥――‥――‥――
ドサッと、何処かで雪の落ちる音が響く。
今は降ってはいないが積もった雪の量はなかなかだ。そんな森の中をローズマリーは苦労しながら歩く。
ちょっと散歩に行って来ると言えば、寒がりのナルはついて来はしなかったが、その代わりにぐるぐる巻きにされてモコモコとなった。
ホント歩き難いったらありゃしない。
そしてもう一人、トリスタンは。
やはり年の始まりともなれば祝賀など外せない行事があるのだろう、渋渋と、本当に渋渋と、王都へと経って五日たつ。
ああ――、とっても平和だ。
指先でイバラに積もった雪を落とす。
落とそうとも幾重にも重なったイバラの塀の向こうは見えはしないけど。
それでもローズマリーはここへと来る。見えない城を眺めに。
視線を少しずらせば塀の側にこんもりとした雪の塊が見えた。それはこの前レモンの木があったとこ。
近づいてその塊をボフッと勢いよく払えば、重みでも折れることのなかったレモンの木がすくっと立ち上がる。
少ししなった枝に一つだけ残された実。
白と黒としかない世界に鮮やかな色を落とすレモン。
それをもぎ取れば、しなっていた枝は元に戻り、世界もまた色を元に戻す。
だけど―――。
ローズマリーの手の内に残った、鮮やかな黄色。
消えはしない。何れだけ経とうと。
無かったことになんかならない。
ローズマリーはまたイバラの檻へと目を向ける。
満月はまだ先だ。扉は開かれない。
レモンをポケットへとしまいローズマリーは踵を返す。
夏とは違い流石にこの雪の中一日中ここで過ごすなんて無理だ。それに、ナルからまたデコピンをくらうのもゴメンだ。
「大体、主従関係って言う割には主人にデコピンってどうなのよっ」
ぶつぶつ文句を言いながら雪道を家へ向け歩いていれば、森の中から視線を感じた。
葉を落とした木立の間。
そこにいたのはとても大きな狼。
雪に紛れるような白い毛並み。今は冬毛であるのだろうもふっとした首回りと、背にかけてはグレーの毛が覆う。
その狼は威嚇するでもなく何をするでもなく、ただ金色の鋭い瞳がじっとこちらを見つめている。
瞬間、ローズマリーの顔が喜びに満ちた。
狼へ向かって駆け出して。派手に顔面から転ぶ。
舞い上がる雪の中、少し慌てたように駆け寄ってきた狼。その首元にローズマリーは飛び付いた。
いきなり飛び付かれた方の狼は、でもそんな少女を振り払うことはなく。むしろしがみつき易いようにその場に座る。一頻り毛並みにグリグリと顔を押し付けた後ローズマリーはパッと顔を上げ、トリスタンが見たら愕然とするだろう最上級の笑顔を狼へと向けた。
「ヴァル!! 久しぶりだね!来てくれたんだ! あ、ねえっ今度はしばらく居るの?春までいるの? 家に来る? ナルも待ってるよ! すっごい話したいことがいっぱいあるの聞いてたら春までかかるよ、きっと!」
脈絡ないまま勢いよく話すローズマリーに少し落ち着けと言うように鼻面を押し当てる狼。そんな動作も嬉しくてローズマリーはやはり笑う。
「ふふ、ヴァルだ! 凄い嬉しい! 今回は絶対春まで居てよ! 約束して?」
ね?と、押し当てられた鼻面に逆に自らの鼻を引っ付ける少女に狼は少し呆れた様子で。今度は頭を下げてグイッとローズマリーを押した。
「――? 乗れってこと? 家に来るの!」
グルッと狼は喉を鳴らす。肯定の返事。
ローズマリーは更に嬉しくなり急いでその背に乗った。
雪に覆われた森をわたしでは絶対ムリな速さで進む。
一般的な狼より大きな体であるヴァルはローズマリーを乗せようともびくともしない。
この狼――ヴァルは、ローズマリーの恩人であるヴァルだ。
この前ウワサ話をしていたからホントになったのかなぁと、狼の背で流れる景色を眺めながらホクホクとしていたローズマリーは、何か大事なことをヴァルに伝え忘れてるような気がした。
けど、ホクホクが勝った。
( ま、いっか! )
ローズマリーはそう結論づけてヴァルの首元にぎゅっとしがみついた。




