27.冬の森の来訪者
そしてふわりと、トリスタンが笑う。
「自分がつくった料理をロージーが美味しそうに食べてくれるのを見るのって何かいいな」
「―――う、ぐっ、ゲホッ!」
好きなって……っ!? いや、さっきも聞いたけども!
匂わせや含みの無いド直球なそれに思わず噎せた。
横ではナルの口元からマッシュルームがポロリと落ちる。
「大丈夫かい?」と元凶から渡されたお茶を慌てて飲めば、甘い。
あー、これ甘いやつだったと思いだし、視線を元に戻すと、目の前にもまた甘い男の笑顔。
甘いの相乗効果にローズマリーは軽くげんなりして。なので口直しも兼ねて違う話を振った。
「ト、トリスタン様は料理が出来るんですね! 珍しくないですか!? 貴族なのに!」
「んー、それを言うなら君もじゃない?」
「わたしはっ……。 背に腹は変えられぬってゆうか……、教えてくれた人がいたから」
「教えてくれた人?」
「ええ――。 でもナルにはわたしが教えましたけどね」
ちょっとドヤれば、「今は俺の方が上手いけど」と小さな横やりが入る。それをジロリと睨んでからまたトリスタンを見る。
「トリスタン様も誰かに?」
教わったのかと尋ねれば、トリスタンは一瞬の空白の後ニッコリと笑った。
「内緒」
「は? いや、内緒って……」
「内緒でいいんだよ。貴族で、しかも男で料理が出来るだなんて、それを趣味としてるヤツ以外ロクな理由なんてないんだから」
ロージーは知らなくていいことだよ。と笑顔で言う。
これはきっと、触れて欲しくない案件なのだと思わせる笑顔だ。
まぁそれは別にいい。誰だって触れて欲しくないものはある。なのでまた食事を再開しようとしたローズマリーに再び声がかかる。
「それよりも気になることがあるんだけど?」
「……気になる?」
「教えてくれたのって、女性? それとも……男?」
「えっ! ………あ、それは」
料理のことだろうと気づくが、少し質を変えた気がする男の笑顔を見て、何だか嫌な予感に口ごもる。
だけど言うまで引かなそうな気配に早々にあきらめて。
「……男性ですよ。料理だけじゃなくて、生活していく上での全てを教えてくれた恩人です」
思い出して、懐かしさに少し顔が綻ぶ。
でも、もう随分と会えていない。
「―――へぇ、そうなんだ……」
耳に飛び込んできた声。トリスタンのいつもより低い声に急に現実に引き戻されて。
……何となくナルも引きずり込む。
「―――ナ、ナルも知ってるよね!」
「ヴァルさんだろ? そりゃ知ってるさ。どっかの顔だけの男よりずっと格好いいし男前だし強いし」
「……へぇ? ヴァルって言うのか……。 会える?」
「ん? 会えるって……?」
ナルってばいらないことを言って。と歯噛みしていれば、急にこちらに振られ驚く。
「是非会ってみたいなぁ、だってロージーが今ここにいるのはその男のおかげってことなんでしょ? ……会ってみたいな?」
お願いが脅迫に聞こえるのは気のせいか?
だけど。
「会えるかなんてわかりませんよ。わたしもここ二十年くらい会えてませんので」
「二十……! ………そうなのか…」
わたし達の時間の概念に、トリスタンは今更ながら少し驚いたようだ。
まぁ普通に考えて、二十年ともなればわたしやナルの見た目ではあり得ない。
「ああ、でも可能性はあるかもしれませんよ」
幸い今は冬なので。と、
残りの目玉焼きを口に放り込みつつ、ローズマリーは窓の外に広がる雪景色を眺めた。
雪に埋もれた森の中に狼達の姿が見える。
冬眠をしない狼は食料を求め冬の森を群れで移動する。
そんな群れをなす狼達には仲間を纏める為のトップが存在する。
一際体の大きな白とグレーの毛並みをもつその狼は、後ろに続く仲間を気遣うように雪の中をゆっくりと進む。 しなやかで力強い足取りは王者の風格さえ漂う。
実際に森では彼らが一番の強者だ。ただその個体数は少ない。その上この国ではもう随分と昔に狼は絶滅したと言われている。
だけど彼らは見つからぬよう身を潜め生き続けてきた。
そんな強者であっても身を潜めねばならない理由は、見つかれば害獣として襲われるから。
襲うのはもちろん人間だ。彼らは爪も牙ももたなくとも、武器を持ち圧倒的な人数でこちらを駆逐する。
もちろん食べる為ではない。ただ、恐れと必要のないもの、という理由で。
だからこんな森の木々が葉を落とした季節、身を潜めることが出来ない冬が一番困るのだ。
その為狼達は移動する。
そんな彼らが向かう先は、人を拒む深い森。




