25.世迷いごとは寝て言え
いや、もうなんか色々吹き飛んだ。
まだここにトリスタンが居ること、どうやら昔のわたしを知っていること、そして忘れていたグレイフィッツの名前。その他もろもろも一切合切吹き飛んだ。この際そんなものはもう全て後回しだ。
「わたしの耳がおかしくなったか、貴方がおかしくなったかどっちですか!?」
なかなかの酷い言い様だが、気にしている場合ではない。
ガバリッと起き上がったローズマリーは若干詰め寄るように言う。その相手、トリスタンは一度ぱちくりと目を瞬かせてからニコリと笑った。
「会話は成り立っているからロージーの耳は大丈夫じゃないかな。 それと僕に関してで言えば、君に対してはおかしくなったとしてもそれは通常なので大丈夫だよ」
「いや、ダメでしょ!?」
「そう?」
「ってか会話成立してます、これ!?」
「してると思うけど」
しれっと答えた男は腕を伸ばし、ベッドの足元に掛けていたブランケットを取りローズマリーの肩にかける。
………こういうとこはとても紳士なのだけど。
「……じゃあ何なんですか、プロポーズって……。絶対おかしいでしょ!」
「んー、おかしくはないし、プロポーズはプロポーズだよ?」
「いや、だからなんで!?」
こっちは驚きと困惑しかないとゆーのに当の男は大層機嫌良く。ニコニコと話しだしたのは、幼き頃家にあった姿絵の少女( どうやらわたしらしい )に一目惚れしたという話。そしてそれは初恋であったと言う。
あーそれで話が繋がるわけかぁ……――で、納得できるか!
でもそんなことはお構い無しにトリスタンの話は続く。
「ノーフィルンの爵位は結局先の争いでなくなっちゃって。まぁ、頑張ってこの国でも貢献したみたいなんだけど結局は領地も持たない貧乏男爵となってね、家財や何やら売り飛ばされそうになって。でも君の姿絵だけはどうしても手放したくなくて、子供ながらに全力で死守したよ」
大人達は呆れていたけど。とトリスタンは言う。
まぁ、そりゃそーだろうと思う。そんな滅んだ国の王女の姿絵など誰も要らない。ましてや滅んだ原因もわからず、今も尚『いばらの森』と呼ばれ恐れられる場所であるのに。
そんな王女の姿絵など、自分で言うのもなんだけど呪われてそうとしか思えない。
大体それよりも。
「さっきから肝心な話とは全く関係ないですよね?」
馬鹿げた話はどうなったのだと、ローズマリーがいい加減口を挟めばトリスタンは驚いた顔をする。
「え!? ものすごく関係あるよ?」
「どこがですか!」
「だって君は僕の初恋なんだよ? しかも一目惚れの。そんな大好きだった相手がまた目の前に現れたんだから」
「だっ……! 大す…きって……。わたしは魔女ですよ?」
「うん、そうだね。それが今互いに明確になったからこそのプロポーズなんだよ」
言うように、既にそれを知っているトリスタンにはもう魔女だという牽制は利かない。
「………ああ――、そういえばちゃんと言ってなかったよね」
と、トリスタンはわたしの手を取った。
ビクッと手を引っ込めようとしたけど、その気持ちは思ったよりも弱かったようで、男はわたしの手を引き寄せ両手で包む。
トリスタンの両手にすっぽりと収まったわたしの手の、その向こうで、男の紫の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめる。
「俺は君が好きだ、ロージー。ずっと、今も。
一度はあきらめたけれど、君は今ここに居る。俺の手の届くとこに居る。君が魔女であろうと関係ないんだ。むしろそのお陰で君が居るというなら、それこそ感謝しかない」
そして瞳は伏せられ、握られたままの両手に額が添う。それはまるで祈りの姿だ。
「だからここに居ることを許してくれないか? 俺は君の側に居たいんだ」
告げるトリスタンの声は、顔が見えない分余計に切実であるように感じた。
わたしへの告白の他にも、彼をそうさせる何かがあるのかもしれない。だけど。
ローズマリーは唇を噛む。
祈りも願いも、必死であればあるほど、切実であればあるほど、叶わないものだと知ってる。
「……………離してくれませんか」
放った言葉に、そろりとトリスタンが顔をあげる。男の瞳に浮かぶ小さな落胆。
ローズマリーはひとつ息を吐き口を開く。
「……ここに居ることは貴方の勝手でどうぞ。ただしどうなってもしりませんよ?」
「……! ――ああ、ありがとう!」
「それから、わたしは貴方のことがきっと嫌いではないです」
「………!? それは―――」
「だからといって好き、とは違いますから」
「…………………なるほど」
ローズマリーの言葉に珍しく一喜一憂するトリスタンを見て何となく胸がすく。
いつもしてやられているのだ、これくらい可愛いものだろう。そして本題を告げる。
「だからプロポーズはお断りします。魔女であるとかそういうのは別としても、わたしは受けられません」
……無理なんですよ。と、自分自身も噛みしめるように言う。
何れは話さねばならない、でも今は詳しくを話すつもりはない。だから笑顔でそれを示せば、男はその意志を汲み取ってくれたようだ。
深く深くため息を吐くと「わかった」と頷く。
そして続いた言葉。
「でも、あきらめはしないよ?
共に居れる許可はもらったのだからチャンスは無限にあるってことだし、嫌いでないと言うなら望みもあるわけだ。ならそれら全てを最大限に利用させてもらうね?」
「―――はい?」
未だに握られたままだった手はやっと離され、男は立ち上がる。
「まぁ取りあえずは朝食でも食べようか。
ロージーも少し食べないとね、用意するからゆっくりと着替えて降りて来て」
そして呆然と見上げるローズマリーの頬にそっと触れ、トリスタンはいつもより艶と甘やかさを増した笑顔を残し部屋を出ていった。
残されたローズマリーは唖然とそれを見送る。
「………………………は?」
あれ?
わたしプロポーズちゃんと断ったよね?
自問を抱えたまま、でも着替える為に、ローズマリーはのろのろと起き上がるのだった。




