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24.起きがけのパッション

 夜明けなのだろうか、それとも夕暮れなのだろうか。カーテンの隙間から入る光はオレンジで、そして赤い。 


 横を向いたことで額に当てられていた布が落ちた。ぬるくなったそれを持ち上げれば、部屋の奥から声がする。 

 

「……ロージー? 起きたのかい?」 

 

 聞こえた声に、ローズマリーは一度息を止め、そして深く吐き出す。その間にも足音は近づき男の姿も見えた。

 薄暗い部屋でトリスタンの紫の瞳がローズマリーを気遣うように見下ろす。

 

「体調は? 少し触れても?」


 いいか?と、トリスタンは更に質問を繰り返し、ローズマリーはそんな男を無言のまま見つめる。


 トリスタンの少し寛げた服装と、部屋の奥――おそらくソファーからやって来たところを見ると、男自身もついさっきまでこの部屋にて休んでいたのだろう。 病人であれど一応年頃のレディであるわけだが。

 まぁ、それには触れずに小さく頷けば、男の手が伸びて額に置かれる。大きな手が冷たく気持ち良い。


「まだちょっと熱があるね。また薬を飲もうか? でも先に何か少しお腹に入れた方がよいかな…」


 昨晩は仕方なかったけど。と半分独り言のように呟くトリスタンに、ローズマリーはやっと口を開く。


「………なんで……」

「―――ん?」

「なんで、……またここに居るんですか」


 掠れた声で、ベッドの横に立つ男を険のある視線で見上げ言う。

 出ていったはずではなかったか?と。


 逆にわたしを見下ろすトリスタンの眼差しはとても緩やかで、そして何かを深く噛みしめるようにゆっくりと告げる。


「俺はどこにも行かないよ。行くはずない。だってここにはロージーが居るから」

  


( ……………は、……何だそれは… )


 またいつもの戯れ言かと思ったが、そうと呼べない重さも感じた。なので言い返す言葉を無くし怪訝に眉を寄せるだけのローズマリーの、その枕元に椅子を引き寄せ男は座る。 


 近くなったトリスタンはローズマリーを見つめたまま口を開く。


「そうだなぁ…、じゃあ、ちょっとだけ昔の話をしていいかな?」

「………昔?」

「そう。二百年ほど前になるかな」

「………は?」


 男の唐突な話の出だしに、さっきまでその時代にどっぷりと浸かっていたローズマリーは更に眉間にシワを寄せる。


 怪訝から警戒に格上げしたローズマリーの視線を受けた男は少し笑い。


「君についての話ではないよ。いや、君にも関係するか? でもこれは僕についての話」

「………?」

「ロージーには僕の名前ちゃんと教えたよね?」

「…ティルストン伯爵……トリスタン・グレイフィッツ、様…ですよね?」

「うんそうだね。――で、何も思い出さない?」

「……………何を?」


 言っているのだろうか?

 警戒は薄れ消えたが怪訝な思いは増しに増した。

 そんなローズマリーにトリスタンは苦笑して。

 

「君は本当に興味がなかったんだねぇ。最初から脈はなかったわけだ…」


 可哀想に。と、トリスタンはどこか遠くを見て呟く。

 わけのわからないまま言葉を重ねる男にローズマリーはいい加減ムッとしながらも次の言葉を待つ。


「グレイフィッツでわからないなら、じゃあ、ノーフィルン候爵に聞き覚えは?」 


「ノー…フィルン侯爵……様?」


( ……ノーフィルン、侯爵……… )


―――彼は、優しい目をした男だった。




( …………ああ、……そうか… )



「……マクシミリアン、様…」


 ポツリと呟けば、トリスタンは小さく頷く。


「ノーフィルン侯爵マクシミリアン・グレイフィッツ。

 そう、君の婚約者だった男は僕のご先祖様なんだよ」


 久しぶりに――、では利かないくらい久しぶりに名前を口にして。朧気な男の姿が浮かぶ。

 そうだ、マクシミリアン・グレイフィッツ。彼はわたしの婚約者。優しい目をした男。

 だけど目の前の男とはあまり重ならない。キラキラと眩しいトリスタンとは違い、彼は普通の容姿であったと思う。


 ……でも、優しいと評した彼の、その瞳の色は何色だっただろうか?

 その声は? 交わした会話は?

 ()()()以前の記憶は、目覚めた今、またあやふやな意識の底にある。だから尋ねる。


「あの人は―――」


 生き残ったのだろうか? あの()()を。



 ……など、尋ねれるはずもなく。

 

 止めた言葉の続きを男なりの会釈で読み取ったのか、トリスタンはローズマリーの望む答えを教えてくれた。


「ご先祖様は結局君とは違う女性と結婚したよ。それについては感謝しなければ」


 にこやかにトリスタンは言う。


( ………ん? 感謝? )


 彼が生きていて、巻き込まれていなかったことをローズマリーが何かに感謝するならわかるけど、何故トリスタンが感謝を?  


 ……まぁ、話の流れでいけば、マクシミリアン(ご先祖様)とわたしが結婚しなかったことに対しての感謝だろう。 確かに魔女であるわたしと結婚していればトリスタンはきっと今ここにいない。

 そういうことだと、自嘲が浮かぶ。そしてよくよく考えれば男が存在していること自体が答えだったなと気づく。 


 でもローズマリーのそんな嘲りは、トリスタンが次に放った言葉で霧散する。


「ようするに、マクシミリアンがロージーと結婚まで漕ぎ着けなかったってことは、僕は君にプロポーズが出来るってことだ」


「…………………………―――はっ!?」



「ん? ロージー結婚してるの?」

「いやっ、してないですよ!? 」


 だろ?と、トリスタンはにこやかに笑った。

 そりゃーもー清々しいほど。

 ローズマリーの熱も一瞬で吹き飛ぶほど。

 



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