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23.初恋と失恋と拗らせた男

 プレタの街は迫る冬至にどこか皆(せわ)しない。

 いつもならもう少し落ち着きのあるメイン通りも華やかな飾りで彩られ、昼ともなれば売り手も買い手も最後の追い込みとばかりに賑やかな声が飛ぶ。


 そんな喧騒には見向きもせずトリスタンは目的の為に急ぐ。その顔にはローズマリーに見せていたにこやかさは一切ない。

 ただ本来はこちらが通常運転であるので、それもまた問題ない。

 甘さも優しさも、それに付属する全ても、見せたいと思う相手以外に見せる必要などないのだから。

  

 そんなトリスタンがカロンとドアベルを鳴らし扉を開けた店は、街の賑やかさとは全く無縁の薬局。 店主は入って来た客に視線をあげることなく無愛想に尋ねる。


「いらっしゃい、何が必要で? ネズミの駆除薬かい? それとも――」

「アスピリンはあるか?」

「アスピリン?」


 店主はやっと顔を上げて、客であるトリスタンを見て少し驚いた。

 街の住民がまたどうでもよい用事で来たのかと思えば、身なりの良い大層麗しい顔の男いる。


「……はぁはぁ、アスピリンね。えっーと……」


 店主はズレた眼鏡で上目遣いにトリスタンを眺めると、ボソッと呟き部屋の奥へと消えた。 そのアスピリンとは海を渡った先の帝国で、最近販売され出した解熱剤。

 昨夜のローズマリーの状態ではきっとこれが必要になるはずと薬局に来た。

 州都まで来ればあるかと思ったのだが。


 トリスタンは奥へと消えた店主へと声をかける。

  

「どうだい? ありそうか?」


 無ければ他の街まで行かねばならない。出来ればその手間は省きたい。 そんな気持ちが通じたのか、包みを抱えた店主が奥から戻って来る。


「ハイハイ、ありましたよ、(サー)。ちょっと気になったので仕入れておいたんですよ」

「ああ、良かった。ありがとう、店主」


 お役に立てて何よりです。と笑う店主に代金を払い、薬を受け取り店を出た。


 最悪は王都まで行かねばならないかと思っていたので本当に良かった。 これで直ぐに引き返せると、緩く口元を綻ばせたトリスタンに通りすがりの女性が熱い視線を向けてくる。

 男女問わず、不躾に、無遠慮に向けられる視線には慣れている。自分の容姿が他人に与える影響も大体理解している。

 だけどそれを最大限に利用しても落ちてはくれなかった()()()()()を想い、トリスタンは少し苦笑を浮かべた。


 少女(ローズマリー)の内には揺るがせない何かがある。

 あの森に住んでいることも、()()()()()姿()もその一端であるかもしれないが。 


 昨夜のローズマリーの言葉。それに触れようとして。でも、張りつめ少しの衝撃でも脆く壊れそうな少女の顔を目にして、それ以上踏み込むことを止めた。 


 彼女が口にしたくないのなら別にそれでもいい。

 そもそも、トリスタンにとってはローズマリーに会えたこと自体が既に奇跡のように感じているのだから。




 幼い頃、家で見つけた一枚の絵。


 そこには一人の少女が描かれていた。

 どこか物憂げな笑みを浮かべた緑の瞳の茶色い髪の美しい少女。


 一目惚れだった。

 その絵の少女にトリスタンは一瞬で恋に落ちた。


 カンバスの裏には『ロドベリー王国 王女ローズマリー』と書かれていた。

 直ぐ様調べて、それが遥か昔一夜にして滅んだ王国であったことを知った。

 森に飲まれた国。魔女に呪われた国。神の裁きを受けた国。 数ある説の中、今現在も『いばらの森』として残る場所。

 

 少年トリスタンの初めての恋は、向かう先もないまま失恋という結果に終わった。


 終わったと思っていた。



 苦さと今沸き起こる甘い感傷に浸っていたトリスタンの耳に届いた、「ナ゛ーオ」と低い威嚇の鳴き声。視線を向ければ、塀の上には見覚えのある黒猫がいる。


「…………………おい、ロージーを一人にして来たのか?」

「ナ゛ァーーー!!」

 

 若干咎めるような口調で云えば、黒猫からは抗議の鳴き声。人間ナルであれば「お前が言うな!」である。


 だけどトリスタンには伝わるはずもなく。

 余計に早く戻らねばと思ったトリスタンだが、ふと気づく。

 急ぐ為にと、ここまで来るのには自動車を使った。だけどそれより遅く出ただろうナルが同じくここにいる。 やはり何か不思議な力を使ったのだろうかと、興味がもたげたトリスタンだったが、黒猫ナルが何か訴えるようにニャアニャアと強く鳴く。 


 まぁ、確かに今はそんな時ではないなと、それはあたまの隅に追いやりトリスタンは人気のない路地に足を向けた。それに塀から降りた黒猫もついて来る。


 暗い路地裏に入れば黒猫の姿は融けて人の容へと変わる。

 それを興味深げに眺めていれば、自分よりも遥かに少女の近くに居ることを許されている少年はきつい眼差しでトリスタンを睨み付けた。

「おい、人間――」と口調もきつい。


「マリーが泣いたっ」

「――ん?」

「アンタが泣かせた!」

「いや、それは……?」 


 どういうことだか状況が読めない。困惑の表情を浮かべれば少年の視線は更にきつくなった。


「俺は! アンタが出て行ってせいせいした。けどっ、マリーが泣いた! それを見せはしなかったけど……っ」


 アンタのせいだ。と少年は糾弾を口にし、トリスタンは微かに目を見開く。

 

 ―――それは……、


  ………………その意味は……。



 思わず片手で口元を覆ったトリスタンに、咎めるような視線を向けたナル。


「…………………何でアンタ嬉しそうなんだ?」

 

 言われた通り、隠した…、いや隠し切れずに浮かぶものは喜色。少年の言葉が本当であるならば嬉しくならないはずがない。


「早く戻らないと」

「―――は? 何言ってんだ、アンタ」

「ん? ロージーは今一人なんだろ、早く戻らないと。 ―――あ、君の方が早いならこの薬を彼女に飲ませて、僕も直ぐに追いかけるから」

「いや、待って! アンタ、マリーに出ていけって言われたんだろ!? だから出て―――」


「行かないよ? だって俺はロージーひと筋だし」

 

 トリスタンは満面の笑みで答える。


「―――はぁ!?」

 意味がわからないという顔をする少年。

 

 トリスタンはしかめっ面のナルに無理やり薬を持たせると「よろしくね」と笑顔で告げ、自らも帰宅を急ぐ。もちろん戻る場所はローズマリーの居る場所。


 失ったと思った初恋の、しかも一目惚れの相手が直ぐ手の届くところに居るのだ。たとえ本人から出て行けと言われても「はい、そうですか」とは従えない。

 拗らせた初恋ほどタチの悪いものはない。その自覚もある。

 だけどそう簡単にこの想いを手放すつもりもない。

 

 すれ違う人々が見惚れるほどの晴れやかな笑みを湛えたトリスタンは、足取りも軽くプレタの街を後にした。




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