22.セピアに色づく記憶 (3)
本日二話目です。
鏡に写った自分を見て「これは誰だ?」とローズマリーは思った。
そう思ってしまうぐらい着飾られた自分の姿に、今夜の晩餐会が名の通りのものでないことも理解出来た。
わたしを着飾らすその理由は?
放って置かれた存在だったとは言え、一通りの王族としての教育は受けてきた。そしてわたしはもうすぐ十六となる。
晩餐会には大勢の人がいた。滅多に姿を見せない王女のわたしに皆興味津々であったが、唯一近づいて来たのは金色の髪の優しい目をした男。
初めて引き合わされた、わたしの婚約者。
つまりはそういうこと。わたしは半年後に他国に嫁ぐのだという。建前だけの王女ではあっても使い道があったワケだ。
出来ればずっと放って置かれたかったのに。
挨拶も引き合わせも会話もこなした。だからもういいだろうと会場を抜け出し、気づけばシェリーのいる塔にいた。
「…………ロージー…?」
叩いた窓の向こう、驚いた顔でシェリーが言う。
開けられた窓から部屋に入りぎゅっと抱きつけば、シェリーは困ったようにわたしの名を呼びどうしたのだと尋ねる。
無言で首を振れば、宥めるように背を叩かれ。
「ロージー、すごく綺麗よ。ちゃんと見せて」
「…………イヤ」
「なんで? 折角美人なのに」
「…………同じ顔じゃん」
「ふふっ、それもそうか」
何だそれは。おかしそうに笑うシェリーに気が削がれローズマリーは身を離す。途端に両手で頬を挟まれ固定される。
「ほら、やっぱり綺麗」
「だから同じ顔でしょ」
「そう、ナルシスト発言」
ホント何だそれは。
笑うシェリーの赤い瞳に少し呆れた顔のわたしが映る。
だけどそこに映る自分の顔がゆっくりと表情を失してゆき、そして口を開くのをどこか客観的に眺め。
「わたし結婚するんだって、半年後にここを出て行くんだって」
ローズマリーは感情を込めることなく言う。
それはシェリーとの別れの期限。
赤い赤い紅玉の瞳が静かにわたしを映す。
そして、歪む。
歪んだのはどちらか。
映るわたしか、映す瞳か。それとも両方か。
「わたしは、どこにも行きたくない。
シェリーと、ずっと一緒にいる」
「うん」
「……どこにも行かない」
「…………うん…」
「ずっと――……」
時が止まればいいと心の底から思った。
だけど時は無情に過ぎる。
「で、考えたの」
「………?」
「シェリーも一緒に来ればいい!」
「…………無理だよ、そんなの」
「なんで! そしたら一緒に居られるじゃん!」
強くそう訴えるローズマリーにシェリーは曖昧に頷くだけで、決して是とは言わない。
不確かな案ではシェリーは受け付けない。ならば確約を取ればいい。我が婚約者から。シェリーも連れていってもらえるように頼むしかない。
だから顔合わせ以降断っていた婚約者との会話の場もきちんとこなすことにした。シェリーに会う時間が減っても。
だからそのせいで。認めたくないがそのせいで。
わたしは気づくことが出来なかった。
シェリーの部屋に本がたくさんあることなんて当たり前で、いつも何か勉強していることも日常であって。
急に増えた本の種類や系統など気にするはずもなく。そのことで明るく輝くようだった赤い瞳が深く陰ってゆくなんて思いもしなかった。
そして終わりは突然にやって来る。
婚約者はその眼差し通りに優しい男であった。だから大丈夫だろうとシェリーのことを切り出そうとして、でもどこからどこまで話せばいいのか迷ったまま時間だけが過ぎた。
下手に話して、魔女という認定を受けてしまえばそれこそ身の破滅。愚かで滑稽な、暗く酷い時代では。
そんな中、久しぶりシェリーの元へと行ったわたしは、開けた窓から顔を出したシェリーを見てひどく驚いた。
あまり陽に当たらないシェリーがわたしより色白であるのはいつものことだったけど、今はそんな言葉を通りこして病的なほど白い。まるで血の通っていないような。
そのくせ瞳はその血を全て集めたように―――赤い。
シェリーの、その瞳を、
血のようだと思うことなどなかったのに。
「シェリー……?」
名を呼んで、でもその先が続かない。
シェリーはうすっらと微笑んでわたしを見る。
「どうしたの、ロージー? わたしへのお別れの挨拶でもしに来たの?」
「―――!! 違うよ!そんなわけないじゃん!」
「じゃあ、何しに?」
何しに? そう……何しに。だってまだ何も為せていない。
ローズマリーは何も言えず唇を噛む。
そんなわたしを見て、シェリーはやっぱり微笑んだまま。
「用がないなら、早く婚約者さんの元に戻れば?」
「――っ! シェリー!? …………なんで…? なんでそんなこと言うの?
ずっと一緒にって言った、わたしそう言ったじゃない!? だからわたし―――」
「―――――もういい!!」
強い声がローズマリーの言葉を遮り、ビクリと肩を揺らす。
シェリーがこんなに強い声を出すことなど今までなかった。そしてそれと同じくらい強い瞳がローズマリーを射ぬく。
そこに浮かぶのは、
……憎しみ…?
………わたしは、何か間違えたの? 何を、間違えたの?
「知らない方がよかった。 ……こんな気持ちなんてっ。 一人何も知らぬまま朽ちていけばよかった!
望まなければそれはそれで幸せでいれたのに、それを気づかせてしまったのはロージー、貴方よ。 ……そのことをわたしは恨む」
赤い瞳が歪む、涙をたたえたシェリーの瞳はやはりキラキラと綺麗な紅玉で。
だけどわたしを見つめるそれは、ひび割れ砕けそうに脆く。
「……でも大好きよ、ロージー」
だから全て終わるまで少し眠っていて。
伸びた指先がわたしの額を差す。グラッと急に混濁する意識。
「シェ、リー……?」
歪んだ瞳から零れる涙も赤い。
「ロージー、ずっと、一緒よ……」
強制的に閉じようとする目蓋に、微笑んだシェリーが霞む。
ああ……、駄目だ……。
( 起きてっ、閉じるな! )
( シェリーを止めて! 彼女を行かせないで! )
( 起きて!! シェリーをっ、シェリーを止めて! お願いっ!! )
シェリー――………、止めて……。
届かない声。
届くはずのない声。
だってこれはもう起きてしまった過去。
「……何もかも、今更じゃない……」
零した言葉と零れた涙。
一度深く息を吐き、ローズマリーはゆっくりと瞳を開けた。




