21.セピアに色づく記憶 (2)
「はい、これ」
「何? 開けていい?」
「うんいいよ。えっとねぇ…、ほら」
シェリーと一緒に持ってきた包みを開ける。転がり出たのは赤や黄や緑、キラキラとした砂糖菓子。
「うわぁ、スゴい綺麗」
「でしょ! シェリーと食べようと思ってこっそり持ってきた」
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、どうせ誰も気にしないし」
そう言ってローズマリーは質素なベッドへとゴロリと寝転ぶ。包みを抱えたシェリーも同じように寝転び、二人同時に ひとつ口の中へと放り込む。
「「 あっまーい 」」
ふふふ。あはは。
古ぼけた小さな部屋に少女達の声が響く。
「大分増えたねー」
お菓子をつまみ、ローズマリーはベッドの回りに積み上げられた本を見て言う。
「本を読むしかすることないから」
「わたしもすることないけど?」
「じゃあ、読む?」
はい。と笑顔で本を渡すシェリーに、ローズマリーはむうっとした顔を向ける。
「わたしが勉強嫌いなの知ってるくせに」
ふふっと笑うシェリー。その瞳に、窓から差し込む光が入りキラキラと輝く。まるで砂糖菓子のように綺麗な赤。
赤い瞳は不吉の象徴。悪魔の瞳。
シェリーは産まれてすぐにこの塔へと隔離された。流石に王族に手をかけることを憚ったのだと言う。だから無かったことにされたのだ、その存在事態を。
ただ全てを無かったとするには王妃の出産の事実は流石に覆されず、赤が混ざろうとも瞳の色がまだ緑色であったローズマリーは、双子ではなく一人だけ産まれた第一王女となった。
でも隠しても噂はどこかから漏れるもの。乳母が亡くなってからは、ローズマリーが全てを知るのにそんなに時間は掛からなかった。
ああ…、なるほど。わたしは建前だけで存在しているのか。だから弟が産まれて、それは更に顕著になったのか。―――と。
ただそれを知ってもローズマリーの心が揺らぐことはなく。
だってそもそも、彼らから与えられた愛情などなかったから、ローズマリーを大切に思ってくれていたのは年老いた乳母だけだったから。
だから何処かにいるという半身を探した。
同じ、愛情を与えられることなく過ごす半身という存在と話してみたかった。
誰もわたしを気にかけることはない。なので侍女達の噂と自ら城内を探索し、それは意外に容易く見つかった。
打ち捨てられたような塔で暮らす、双子のわたしの片割れを。
でも見つけた半身は言葉を持たなかった。
なのでローズマリーは言葉を教えた。本を持ち込み色んなことを教えた。紙にインクが染み込み広がるように半身は直ぐに吸収していった。
そして彼女は名も持たなかった。なので名を考えた。
「貴方の真っ赤な瞳はサクランボみたいに綺麗だからチェリーとかどう?」
「ちぇりー……?」
「そう、チェリー」
「…………?」
「ああ、でもまんまだとそれもどうかな……。 ―――あっ、じゃあ、シェリーってどう? そっちの方が響きが綺麗だし」
「しぇりー?」
「そう、シェリー! …そうだ、わたしもロージーって呼んで。 ね、シェリー」
「ろーじー」
「何? シェリー」
ローズマリーはクスクスと笑い、連れてシェリーも笑う。
それは何の悪意も混ざらない、純粋な優しさに満ちた時間。
外へ出れないシェリーの為にローズマリーは色んなものを見て様々なものを聞き、面白いと、綺麗と、美しいと思ったものをシェリーの元へと持ち込み同じように共有した。
持ち込んだ本などでシェリーの知識はいつしかローズマリーを越えたけれど、勉強好きな半身に呆れて笑った。
そんな優しく穏やかな時間はずっと続くと思っていた。
「シェリー、今度は何作ってるの? 薬?」
「うん、頼まれもの」
「へえ」
わたし達が産まれて十六年も経つと、穏やかに過ぎる日々に噂は次第に薄れ。遠くからしか見たことのない弟も既に十才を越え、王国内は陰りを払拭したかのように安泰の色を見せ始めた。
その陰りを一身に受けた存分であったシェリーは、薄れた噂に、城で働く人の頼まれた薬を作ることがここ最近の日課となっている。その対価はお金ではなく本。相変わらずだ。
最初はわたしが使っていたシェリーお手製のハンドクリーム。それが城の女性達の目にも止まり。そこから様々な薬へと広がった。
何せシェリーの薬はとても評判がよい。
いつから気づいたのか、シェリーにはちょっと不思議な力があった。小さな傷なら手を翳しただけで治したり、これから起こることがわかったり、見えない友達がいたり。
それは決して口外してはいけないことだとは二人とも理解していた。
その力は異端の力。今この時代においては口にしてはいけないこと。
作る過程でその力が僅かでも混ざるのか、シェリーの薬は良く効くのだ。
そんな薬作りに精を出すシェリーの横で、ローズマリーは大きくため息をつく。
「どうしたの? ロージー」
「逃げられない現状をどうにかしようとしたけど、やっぱり無理で、でもやっぱり諦められない嘆きのため息」
「何それ?」
シェリーは笑う。けど、笑いごとではない。
「なんだかわからないけど、今夜わたしも晩餐会に出席しないと行けないんだって」
「え? 何故?」
「知らない。――あ、初めて弟と顔会わせるかもね」
どうでもいいことのように言う。実際どうでもいいし。
家族という名の同じ括りの中にいても、わたしが本当に家族と思うのはシェリーだけだ。
「何だろう……?」
やっと踏ん切りをつけて諦める気持ちになったローズマリーとは違い、今聞いたばかのシェリーは眉間にシワを寄せ考え込む。
何か視えそうなのかと尋ねれば、首を振るので、ローズマリーは安心さすように笑い。
「何だかんだわからないけど、取りあえず行ってみる」
美味しそうなものがあったらこっそりもって帰るからね。とまだ考え込むシェリーに告げて。
用意があると侍女達に言われていたのを思い出し、今日は大人しく部屋へと戻った。
次で回想は終わります(取りあえず)




