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20.セピアに色づく記憶 (1)

 「ロージー」と。トリスタン同様、わたしをそう呼んだのはシェリーだ。

 わたしと同じ顔、同じ髪、同じ容姿を持つ、ただ瞳の色だけが違うわたしの半身。


 この熱に浮かされた今、忘れた過去がよく見える。


 それはまだこの地がロドベリー王国と呼ばれていた時代。 まだ闇は深く、光と影は色濃く、魔女は魔女であった時代。

 その国の王の第一子として産声を上げたのは、二つの同じ命。


 その時代、双子は手放しに喜ばれるものではなかった。むしろ忌むべきものだと。それが王の子ともなれば尚更。

 そしてそれを後押すような決定打は、双子の一人が瞳を開けた時。それは赤い、ルビーのように見事に赤い瞳。血のような赤。


 そして、双子の運命は決まった。




 慌ただしい雰囲気が城内に満ちて、多くの人の流れが外の廊下を行き交う。


「お母様はお部屋にいるの?」


「そうですよ、もうすぐローズマリー様の弟君か妹君がお産まれになります。 ―――あ、マリー様は行ってはなりませんよ!」

「どうして?」


 部屋を出ようとしたのを止められて、ローズマリーは小さな頬をぷくりと膨らませる。


「それは――……」 

「ご出産は神聖な場。なので貴方様は立ち会えませんよ」


 言いよどむ老齢の乳母の後ろから年若い侍女が当たり前のように冷たく言い放つ。


「まったく…、次に産まれるお子もどうなることか。 王妃様を愛しておられるとは言え同じ腹から産まれるお子とならば……」

「お前! 滅多なことを口にしてはっ」

 

 嗜められ侍女はハッとしたように口を噤む。そしてきょとんと見上げるローズマリーにバツの悪そうな顔を向けて、忙しげに部屋を出て行った。


「………ばあや?」

「なんでもありませんよ、ローズマリー様はお気に為さらずに」

「でも………」


 急に廊下が騒がしくなった。

 乳母はローズマリーを押し留めると自らが外へと出て、すぐに戻ってくると嬉しそうな笑みを浮かべ言う。


「お産まれになりましたよ! 立派な男のお子様です! ローズマリー様の弟君様ですね」

「わぁ、ホント!! ねぇ、わたしも会える!?」

「―――っ、それは………。今は難しいかと」

「じゃあ、いつなら会えるの?」


 笑顔で無邪気に尋ねるローズマリーに乳母は少し寂しそうな顔をして、小さな手を優しく握る。


「ローズマリー様がレディとしてきちんとお過ごしになられれば何れお会いできますよ」

「それは…、お勉強をがんばれってこと…?」

「そうですよ、素敵なレディにならないと」

「えー、マリー勉強きらいなのに……」

「でもローズマリー様は第一王女様として、お産まれになった弟君様の手本とならねばいけませんからね」

「…………そうしたら会えるの……?」

「ええ、もちろん」


 わかった。と、ローズマリーは渋々頷く。そんなローズマリーに乳母は優しく笑い。 「いつかきっと、叶いますよ」と、やはりどこか寂しそうに言った。


 だけどそれは、唯一わたしに優しかったこの乳母が亡くなっても、結局叶うことはなかった。




 

 ふと―――。

 額を掠めた心地よい冷たさにローズマリーは薄く目を開けた。


 カーテンを閉め明かりを落とした部屋は暗く。傍らからローズマリーの額に手を置く人影に視線を向ける。


「………ナル…?」


 共に零れた息はまだ熱い。


 また来ると言っていたのでナルだと思った。だけどその影は大きくナルとは少し違う気もする。

 そしてその声も。


「まだ眠って」


 低い声が優しく告げる。

 言われた通り、ローズマリーはまた目蓋を閉じた。額に置かれていた手がゆっくりと、髪を撫でられるがままに。





 また落ちた闇の中に広大な森が見える。



 どこまでも広がった森、その一画に開けた町並み。外界とは遮断されたようなその国の中心に聳える城は、大きな塔を中心に小さな塔が囲む。外壁は白く繊細な細工を施され、青く輝く屋根が陽を跳ね返す。

 その回廊を急ぐ少女。向かう先には、もうずっと誰も訪れていないような廃墟のような塔が立つ。


 他の建物とは違い白くもなく蔦に絡まれてその色さえはっきりとはわからない塔。少女が走る回廊も、実際には回廊とも呼べず、ただ城の裏の側から続く塀が塔まで伸びたその上部分。

 だから手すりもなく、巾も狭い。そこを器用に走り抜けローズマリーは塔へとたどり着いた。



 少し大きくなったわたしにも流石に自分自身の立ち位置は理解出来た。王女という立場にありながら何故そうなったのかということも。

 大好きだった乳母が亡くなった今、誰もわたしに構うものは居らず、だけどある意味それは丁度よかった。


 ローズマリーは慣れたように塔の屋根へと上がると明かり取りの窓をコンコンと叩く。それを合図に内側から開けられる窓。


「ロージー、早く入って」


 急がすような声で慌てて顔を出した少女は全てがわたしと同じ。だけどその瞳はとても綺麗な紅玉の色。

 ローズマリーは引きずられるように中へと入り、ホッと息をつく少女に笑いかける。

 

「遅くなってごめんね、シェリー」




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