2.招かざる客は突然来るもの
「うわっ――、こっち全然収穫出来てないじゃん…」
「あーぁ…」と、カゴを片手に少女は息を漏らす。
そのため息の主の名前はローズマリー。薄茶の色の髪と緑の瞳の少女。
ローズマリーは、愚痴ったところで何かが変わるわけではないと観念したように、ため息と共に頬に落ちた髪を払いのけ、革手袋を嵌めた手で収穫忘れの大量に実った赤い粒を摘んでゆく。
その実が手元からポロリと落ちた。
分厚い革の手袋では小さな赤い実、ローズヒップを摘むには向いてはいない。が、如何せんこの実がなる木は名の通りにイバラだ。無数の鋭いトゲを持つ。
脆弱な手袋を使おうものなら、外だけでなく中の手までズタズタになることは目に見えている。
ローズマリーはもう一度ため息をつくと、肘まである手袋をずり上げ、ただ黙々と収穫を続ける。
見渡す限りをイバラに囲まれた中に、ポツンと建つローズマリーが暮らす家はそれ程大きくはない。
石とレンガで作られたこじんまりとした2階建て。田舎の小さなマナーハウスという感じか。
日当たりのよい正面南側には小さな庭と、それに面した1階にはコンサバトリー。その庭より遥かに広く取った菜園は堅実性を重視している。蝶や虫じゃあるまいし花や蜜だけ食っては生きていけまい。
この森から出ることのないローズマリーにとって、今収穫しているその実は貴重な収入源。そして何よりローズヒップは健康面においても美容面においても、ついでに懐事情においても優秀で万能なのだ。
要するに金になる。
だから多少――、いやかなりめんどくさくても目を瞑る。
でもまぁ、そんなことはどうでもいい話しだ。
赤い実でいっぱいになったカゴを抱え、よいしょとローズマリーは身を起こす。そこに。
「マリー、いる?」
自分を呼ぶ声。
途切れたイバラの木々の隙間から少年が顔を出す。
ローズマリーよりも幾つか下の、少年の金緑の瞳には珍しく困惑の色が見えて。
「ナル?」
何かあったのかと問えば、ナルと呼ばれた少年は何とも言えない顔で答える。
「人がいる」
「――は?」
「誰か森に入り込んだみたいだ」
「……え…? なんで?」
「さあ?」
「えっ、そんな! なんで!?」
わかるわけないだろ。と少しムッとした表情のナル。だけどローズマリーはそんなことに気を掛けてる場合ではない。
「いやいやいやいや、おかしいって! なんで人がここに!?」
「まだ少し離れた場所にいたけど…」
もしかしたら来るかも?と恐ろしいことを言う。
そもそもそれがおかしい。
ここに来る?
そんな道などない。
「………どういうこと?」
ローズマリーは眉間にシワを刻む。だけど今は。もう入り込んでいるというならば。
どうしようが先決か?
「ナルっ、とりあえず―――」
言い終わる前にザワザワと木々が揺れた。人が来るぞと、こちらに対して警戒を促すように。
どうやら、遅かったらしい。
「――ああ、こっちで正解だったみたいだね」
現れた男は話し声がしたからと、もうどうすることも出来ずにただ愕然とする二人に、にっこりと笑いながらそう言った。




