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19.悪夢と熱の中の本当

 走る――。

 まだ昼であるのに薄暗い城内を、ローズマリーはただひたすら走る。逃げる。

 時折自分の名を呼ぶ声が聞こえる。だけどそれはとても人とは思えぬような。



 ………………ナ、ゼ……?


 ……なぜ? 何故!! どうして――!?


( ………ごめんなさい…… )


 どうしてこんなことを!? ローズマリー!!


( ごめっ……ん、なさい……。 ごめんなさい、ごめんなさい……っ! )



 見知った顔が、見知らぬ変貌を遂げて責め立てる。暗闇の中から伸びる腕が自分を捉えようと蠢き、足を捕まれ転んだローズマリーの、その背後から迫る人々に人である面影は もはやない。

 しゃがんだまま後退る背中が壁に当たった。逃げ場のなくなった中、青とも黒とも言えぬ朽ちた手がローズマリーへと伸びる。



 ああ――…、何故………。


 ………………お前のせいだ……っ、

 


『ローズマリー、お前のせいだ!!!』




「――――――ッ!!」


 荒く乱れた呼吸が耳を打つ。

 それは自分の口から発するもので、見開いた瞳に映ったのは見慣れた天井。


「…………………は…」


 ゆっくりと息を吐き、ローズマリーはまた瞳を閉じる。


 これは、夢だ。もう終わった夢だ。

 覆すことの出来ない過去だ。



「………ニャーオ」


 枕元で鳴き声がする。


「………ナル?」

 

 呼び掛けると、ヒラリと音もなくベッドの上に現れた黒猫。

 夢の中とは違い、まだ夜は開けていない。その闇に溶け込むようなシルエットの中に金緑の瞳だけが光る。

 それがわたしの身を案じるように一度瞬き。


「………大丈夫、だよ。 でも、少し寒いから一緒に寝てくれる…?」

 

 ローズマリーのお願いに、小さな頭が一度頬にスルリと寄り添い布団の中へと潜り込んだ。胸元に丸く暖かな温もり。きゅっと抱きしめて同じように丸くなる。

 黒猫は魔女にとっては幸運のアミュレット。そのまま落ちた眠りの中には、もうわたしを責めるものはなかった。






 ―――ケホッ……。


 ひとつ放った咳を皮切りに、噎せるような咳に襲われた。 徐々に呼吸を落ち着けて瞳を開ければ、いつもの天井が見える。

 全く、酷い目覚めだ。


 思った通りの体調の悪さにローズマリーは顔をしかめ、起き上がろうとしてあきらめた。

 うん、無理だ。体の至るところがそう言ってる。節々の痛みは熱がある証拠。今日はもうベッドの上で過ごすことになりそうだ。

 明日からが冬至祭の本番だというのに。


 「はぁ……」と吐き出した ため息さえやはりどこか熱っぽい。

 そして思い出したように、そう言えばと布団の中を覗き込む。けど共に寝ていたはずの黒猫ナルの姿はなく。そこに、コンコンとノックの音がして人間ナルの声がする。


「マリー、起きてる?」

「………うん…」 


 返した返事は酷く掠れたもので。扉を開けて入って来たナルは手に湯気立つカップを持つ。


「はい、いつもの。ジンジャーティの蜂蜜たっぷり。 ――で、具合はどう?」

「良くない。最悪」

「だろうね。こんな時期にあんな格好で外に出れば」


 なんとか布団から起き上がりカップを受け取ったローズマリーをナルは目を眇めて見る。昨日の夜の出来事をどこかで見られていたらしい。

 まぁ、だから夜中に来てくれたのだろうけど。その通りに、ナルは眉間にシワを寄せて。


「それから、あの男もいないよ。言われた通りに出て行ったんじゃない?」


 それについてはせいせいしたけど。と言う。


「ああ…、そう……」


 ローズマリーは返事を返す。


 掠れた声は聞き取り難かったのか、眉間のシワそのままにナルはこちらを見て、ローズマリーは視線を合わすことなく手に持ったカップを眺め一口含む。


 コクンと喉に落ちるとろりと甘い刺激。熱い塊が胃の方へと落ちてゆく。


「……美味しい。ありがと…」

「…………」


 何か言いたげな気配。

 だけどそれを口に出される前に、ローズマリーはカップを脇のサイドテーブルに置くと再びベッドに寝転ぶ。そして片腕は額の上に視界を塞ぐように。


「ナルごめん、残りは後で貰うよ。今は、少し眠る」


 ゆっくりと告げた言葉は掠れはすれども不自然にはならなかったはずだ。


 ナルがふぅとひとつ息を吐く。


「冷えたら美味しくないだろ?」


 カタンと、その音はカップを持ち上げる音。


「…………………ごめん、ナル……」

「うん………また様子見に来るよ。 

 おやすみ、マリー」


 そして扉の閉まる音。




( ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…… )


 一人になった部屋で堪えていたものが目尻を伝う。

 今胸の内にあるのは後悔。

 それは終わってしまった過去に? それとも……。

 


 上手くあしらえると思っていた。長く、長く閉じ籠っていた中で、自分自身ときちんと折り合いをつけたはずだった。けども、やはりどこか無理はあったのだろう。


 久方ぶりに触れた温もりは、アンバー香りを伴いローズマリーの心に跡を残した。

 本心をはぐらかすような男の態度は次に傷をもたらした。

 ただ時折見せるその顔には真実があるように見えて。


 ホントに質が悪いし、ズル過ぎる。

 訝しげに思いながらも惹かれていく自分をローズマリーは意識的に心の奥にしまい込んだ。


 だってわたしは『いばらの森の魔女』


 怖い魔女、恐ろしい魔女、人食い魔女。多分もっとあるだろう。

 それはどれも自分が選んだもの。今更後悔なんて。


 横を向き膝を抱えて丸まる。留まる堤を失くした涙がシーツを濡らす。


 閉じた瞳の奥、懐かしい声が聞こえる。

 わたしと同じ音を奏でるシェリーの声。


『望まなければそれはそれで幸せでいれた。それを気づかせてしまったのはロージー、貴方よ。そのことをわたしは恨む』


「わたしも、貴方を恨むよ、トリスタン様」


 痛む胸を抱えたままローズマリーはまた眠りに落ちた。




 

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