18.暴くもの暴かれるもの
ローズマリーの足元にはサラサラとした砂の山。微かな破片が混ざる崩れ去った何か。
足元に視線を落としたローズマリーは耳を澄ませてみる。シーンと静まりかえったままの城内。流石と言おうか。発するだろうと思った声は聞こえてはこない。
トリスタンも、もう目にしただろうに。
少しして、カタン―――と音がする。
振り返ればトリスタンがいる。珍しくその顔に笑みは浮かばない。
少し青白く感じるのは、月明かりのせいだけではないだろう。
「……ロージー、あれは……?」
静かに問いかけるその声にもいつもの余裕はない。
「あれとは?」
知らぬふりで尋ね返せば、トリスタンは躊躇ったように黙った。
躊躇いはわたしへの配慮か? やはりトリスタンは紳士であるらしい。落とした沈黙にローズマリーは少し笑い、歌うように尋ねる。
「何かありましたか? サウィン祭で帰らなかった悪霊でもいましたか? それとも妖魔がイタズラでも? それか……。
ああ――、もしかして崩れて砂になりかけの人間でも見ましたか? 」
「――……っ!」
「触ってはダメですよ。もう随分と経つのでとても脆いんです。ほら、こんな風に」
直ぐに砂に変わるから。と、ローズマリーはまた足元へと視線を落とした。
開けられたままの扉から吹く冷たい風にサラサラと砂が流れる。
「―――君は………、」
その風に乗って届いた声は戸惑いからか小さく。 待てども後を続かない言葉にローズマリーは顔を上げ、目が合ったトリスタンは何故か痛みを堪えるような瞳でこちらを見ている。
その意味は―――?
「わたしですよ、わたしがやったんです、全部」
ローズマリーは男から無理やり視線を外すと月明かりが差し込む窓へと向かう。
「ここに昔 国があったのは知ってますか? それを滅ぼしたのもわたしです。この城も森もその結果。貴方が今見てきたものも。
わたしが願ったから、―――滅びを」
「…………何故、それを?」
窓辺へとたどり着く。背中から届く声はとても静かで。
何故? それを? 滅びを?
「だってわたしは魔女ですよ? 憎しみを、怒りを、滅びを。望むのは当たり前じゃないですか?」
「当たり前ではないだろう」
すぐに返された否定に窓枠をぎゅっと握りしめ尋ねる。
「…………それこそ、何故…?」
「君が言うのなら確かに君は魔女だろう。でも君が今言ったようなものではない」
「………意味がわかりませんが…」
「僕の知ってる魔女はそんなことは望まない、だろ?」
少し暗くなったように感じた室内に空を仰げば、丸い月に薄く雲がかかる。そしてチラチラと舞い落ちる白。
「…………………貴方に、わかるとでも?
一ヶ月も満たない関係でしかない、他人の貴方に?」
強く強調したのは前に男に告げた言葉。
わたしの家族は――、…もういない。
ナルはそれに近いといえるが男は他人でしかない。意固地なわけでなくそれが事実なのだから。
男の微かな苦笑の気配に振り返る。
「貴方のそういうとこが不快です。
―――さ、戻りましょう。雪が降り出したことですし、積もる前に帰らないと」
ローズマリーは男の顔を見ないまま横を通り抜けて扉へと向かう。が、すれ違い様に腕を取られて。
強くはない、簡単に振りほどける強さ。でも咄嗟に見上げて、上から降る瞳にそんな思いも飲み込まれる。
「ローズマリー、これだけは信じて欲しい。俺は本当に君に会いに来たんだよ、初恋だと言うのも本当だ」
「………でも、わたしは、貴方に会ったことなどありませんよ?」
「ああ、君はないだろうね。実際には俺もない」
何だ、それは? ローズマリーは眉を寄せる。
「だけど俺は小さな頃から君に恋をしてた。それだけは本当に真実なんだ。だから信じて欲しい」
それは……? 重ねて問おうとして、ふいに離された腕にタイミングを失う。
トリスタンは既に扉の方へと視線を向けていて。
「……本当だね、本格的に冬の女王の到来か。言うように早く戻らないと」
吹き込む雪を見て呟く。
やはりわからない男だ。だけどもう終わり。
つもり始めた雪にトリスタンがおぶって帰ると言うのを丁重に断って、早足で家へと戻る。
玄関先で雪を払い家へと入りホッと息をつく。同時に駆け上がった悪寒に流石に薄着であったことを後悔する。これは多分 明日寝込む前兆だ。
その前にきちんと告げねば。
ローズマリーはトリスタンに上着を返すとお礼を言う。そして。
「道はもう繋がりましたよね。ならトリスタン様はもうお帰り下さい」
「それはここを出ていけと?」
「ええ、そうです。城で見た、あれが答えですよ。貴方はわたしを肯定し、そして否定した。けど、心なんて簡単に変わるんですよ。いつ何時それが貴方に向かうかわかりません」
だから貴方は早くここから去るべきだ。
それは、ローズマリーが初めて放った完全な拒絶。
困惑や戸惑いはあれどもそこまでには至らなかったもの。何れ飽きれば居なくなるだろうと放置していたのがまずかった。
徐々に重くだるくなる体に、なるべく男の顔を見ないように「おやすみなさい」と早口に告げて、トリスタンからの返事を待つことなくローズマリーは自室へと戻った。
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