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16.朝の光に過る月

 朝の空にはまだ昨夜の月が残る。

 鶏小屋から戻る途中に空を仰ぎ、青く透ける丸い姿に、ああ今夜は満月なのだとローズマリーは気づく。


 それを忘れていた、なんてこと今まで無かったのに。


 しばらくそのまま立ち尽くして、足元から這い上がった寒さにブルッと身を震わせ急いで家へと戻れば、ナルが厨房で待っている。


「卵あった?」

「うん、大量だよ。何個いるかなー、二人なら三個だけど………とりあえず五個かな?」

 伯爵様(トリスタン)はわたし達より体格もあるし。


 それを全て割ってボウルに入れれば中々の量だ。

 そこにミルクと塩を加えてかき混ぜ、フライパンには先にバターを溶かす。続けてジュウッと音をたて卵の柔らかな黄色が広がり、固まる前に急いで形を整えてゆく。

 出来上がりは半月型のオムレツ。それを三つ。そこにベーコンと茹でた芽キャベツを添え、横ではナルが秋に収穫して干していたキノコでソースを作ってくれているので、それをオムレツにかければ完成だ。


 紅茶は自家製のローズヒップティー。全てを机に並べ終えれば、トリスタンが丁度居間に顔を出した。


「おはよう。はい、これお土産」


 ローズマリーへと渡されたのはレモンの実がついた枝。格好からして森へ出ていたようで、トリスタンは抜いだ上着をコート掛けにかける。


「おはようございます。レモンの木なんてありましたっけ?」

「散歩してたらたまたま見つけたんだ」

「へぇー」


 ちょうど良い、蜂蜜酒(ミード)も手に入ったしケーキの上にこのレモンの砂糖漬けでも乗せよう。それか果汁でグレーズか。

 

「ほらっ、二人とも邪魔! さっさと座ってよ」


 入り口を塞ぐように立っていたわたし達にナルの声が飛ぶ。 

 領主である男に対してもなその口調に、ギョッとしたけれど、わたしも大概なので今更だな。 一応、ちらりとトリスタンを見やれば全く気にする様子もなく、ナルに言われた通りに席に着いた。


 必要ないと思っていた四人掛けの大きなテーブル。

 元はずっと一人で、次に二人、そして三人目のトリスタンが座る。

 それを見てあって良かったと今なら思う。


 そして、食事の合間に交わされるくだらない会話。


「領主様がこんなとこでいつまでも仕事サボってていいんですか?」とは、ナル。


「サボってるとは心外だな。元々僕は領主業よりも研究開発がメインだからねー。いばらの森(ここ)にいる方がそれは捗る」

 

 その為にティルストンの土地を貰ったのだし。とトリスタンは言う。


 ああなるほど、そういう事情かとローズマリーも納得する。だってこのティルストンには別に収益が見込めるような特別なものなどない。農業も産業も、この肥沃な大地を持つウェッセルドル地方にして最底辺と言っていいのではないだろうか。

 そしてトリスタンが言うその森こそが一番マイナスな面を産んでいる。

 だけど男にとってはそれはプラス面であって、領主ともなれば誰憚ることなくここへと来れ―――、


 ないはずだったんだけどなぁ。と、遠い目でパンを齧る。

 

 そんな間にもナルとトリスタンの会話は続く。


「お飾りの領主様ですか?」(嘲笑)

「適材適所だよ。直轄地であった分、元の管理者の方がそれには長けてるしね」

「でもこの時期なら伯爵業も必要でしょう?

 人と人、家と家との繋がりは大切ですし。孔雀のように綺麗な(派手な)ご令嬢達が王都で待ってますよ?」(さっさと帰れ)

「うーん、そうだねー。どっちかと言えば、僕は華やかな孔雀より()()()()()()の可憐さを愛でるタイプなんだよ」(ニッコリ)


 ……うん、何だろう。この殺伐とした感じは?

 

 まぁ、これもまたくだらない会話だ。そう思う方が平和な気がする。深読みは良くない。


 うんうんと頷きローズマリーはまたパンを齧る。


 やっと顔を出した太陽の光が差し込む部屋に、朝食が並ぶテーブル。そこに聞こえる会話。緩やかで穏やかで。遠く重なる光景にローズマリーの意識がユラユラと揺蕩う。


 薄く切ったカリカリのパンは、柔らかくフワフワとした焼きたての白いパンだった。

 大量の美しく盛られた食事が並ぶ、磨かれ鏡のように光る無駄に大きいテーブル。

 常に整えられた部屋は白で統一され、ひとつの汚れも許さぬように、ただただ綺麗であった。

 

 でもそこに並んだ顔ぶれは?

 交わされた会話は?


 ………………わからない。

 気づくことなく享受していた世界は、ぼやけて曖昧にわたしの中にある。バラバラに砕け散り散りになって。

 

「ロージー?」


 トリスタンの声がする。

 食事の手を止めたまま茫然としているローズマリーに、どうしたんだ?と問うように。

 ゆっくりと焦点を戻し、白くも病的な程綺麗でもない、だけど汚いわけではなく。雑然とした居心地の良い部屋の、テーブルの向かいに座るトリスタンを見る。


「……ううん、何でもないですよ?」

「そう?」

「ちょっと、ぼうっとしてただけ。今日は満月みたいですし」

「なるほど、ロージーは狼人間(ウェアウルフ)だったのか」


 君みたいな狼なら襲われるのもやぶさかでない。など、トリスタンはまたワケのわからないことを言って笑い、ローズマリーは嘆息する。

 まぁ、魔女も狼人間も大差ない。同じく忌むべき、そうされるべき存在だ。

 

 横ではナルが微妙な、何か言いたげな顔でこちらを見ている。

 「そうですね」と、ローズマリーは頷く。それはなんの肯定か。


「月は同じ同輩であるはずなのに。なのに満ちた月だけは夜の闇に紛れて隠れたものを暴いてしまうんですよ。隠すな、逃げるなって。

 だから今日は夜の女神の来訪後は外出を避けてくださいね。暴かれたもの達が闊歩していますので」

「それが狼人間だと?」

「いえ…………色々なもの達ですよ」


 ローズマリーの曖昧な答えに男もそれ以上は追及せず。 視界の窓に微かに見えていた薄い月は、明るくなる陽の中に滲んで消えた。




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